第43話:規格外の生身と地下の遺産
赤茶けた砂塵の向こうから現れたのは、巨大で歪んだ金属の山だった。
旧文明軍事廃棄物処理施設――第9集積所。
無数の廃棄機械や装甲板が幾重にも折り重なり、まるで巨大な機械の墓場のように荒野へ覆いかぶさっている。上空では、暴走した大型の自動解体ドローンやアーム型マシンが、カチカチと鈍い作動音を立てながら錆びた金属を撒き散らしていた。
「……ひどい有様だね。文字通り、ただのゴミの山だよ」
バギーの横でスキャナーを構えるシェラが、顔を顰めて上層部を見上げる。
浩之はバギーから降り立つと、暗視ゴーグル越しに敷地全体を冷徹に観察した。
「上層部は文字通りスクラップだな。表面に転がっているのは風化した廃材ばかりだ。必要そうなものは何一つない」
浩之の視線が上層部の奥へと注がれる。
探索者たちが近寄らない理由がよく分かった。危険な暴走機械が徘徊している割に、手に入るのはリサイクルすら不可能な屑鉄ばかり。リスクとリターンがまったく見合っていないのだ。
『警告。上層区画より集積所防衛ドローン群、および暴走作業機械の接近を検知。――駆逐行動を開始します』
並走していたアラクネの青いバイザーが鋭く光り、肩部に懸架された12.7mm重機関銃がチュイーンと甲高い回転音を上げた。
ズバババババッ!!
寸分の狂いもない精密な点射が上空を切り裂き、斜面を滑り降りてきた解体ドローン2機が一瞬で火煙を上げて叩き落とされる。さらにアラクネは六本の金属脚をしなやかに駆動させると、迫り来る大型の多脚溶断マシン1機を、18トンの巨体重量を乗せた前脚で容赦なく踏みつぶし、一瞬でペチャンコのスクラップへと変えた。
「よし、サクッと片付けるぞ!」
アラクネの先制に合わせて、浩之もインベントリから、ピートに借り受けた重厚な遠距離用『バスターライフル』を引き抜いた。スーツがないため防塵ジャケット姿のままだが、浩之の動作に迷いはない。
ライフルを構え、トリガーを引き絞る。
――ズドンッ!!
高濃度の圧縮エネルギー弾が直進し、群がる作業機械の密集地帯を一直線に穿った。凄まじい着弾爆風が巻き起こり、一撃で5体のドローンが派手な火柱を上げて吹き飛ぶ。
「な……っ!? なにその威力!?」
「次は近接だ!」
バスターライフルの冷却時間を挟むことなく、浩之は死角から迫る別の溶断マシンへ向けて前傾姿勢で踏み込んだ。右手に呼び出したのは、ピクセル博士から渡された『プラズマ・エッジ』。柄のスイッチを入れた瞬間、鈍い銀色の刃が激しい青白いプラズマ光を纏う。
シュッ――!!
最小限の踏み込みと、完璧に計算された一閃。極厚の特殊装甲を持つ大型マシンが、豆腐でも切るかのように斜め真っ二つに両断された。切り口が真っ赤に溶融し、遅れて爆発音が響く。
浩之は振り返りざま、アラクネの射線を邪魔しない絶妙な立ち回りで死角へ潜り込み、寸分の狂いもない剣筋で次々と残存機の核を切り刻んでいく。
バスタースーツによる補強はない。だが、浩之のベースステータスと無駄を削ぎ落とした身体法、最短距離を突く戦闘ロジックは、生身での近接戦闘においてすら圧倒的な余裕を生み出していた。
「今だ、シェラ!」
「は、はいっ!!」
浩之の合図にハッと我に返ったシェラが、物陰から「対クリーチャー用ショックキャノン」を構え、引き金を絞る。
――ズドンッ!!
放たれた電磁ショックビームが、浩之の背後へ飛びかかろうとしていた暴走マシンの動きを完璧にハングアップさせた。動けなくなった敵機へ、浩之のプラズマ・エッジが吸い込まれるように突き刺さる。
ほんの数分。アラクネの圧倒的な火力と、浩之の規格外の近接戦闘、そしてシェラの電磁サポートが完璧に噛み合い、上層部に群がっていた暴走機械群はすべて完全なスクラップへと変わり果てていた。
静寂が戻ったゴミの山で、浩之はプラズマ・エッジの光刃を収め、息一つ乱さずに武器をインベントリへ収めた。
……その横で、シェラとアラクネが完全に固まっていた。
「……あ……あ……」
シェラはショックキャノンを抱えたまま、口を半開きにして浩之を凝視している。サンドワームと戦った時、浩之は重厚なプロトタイプ・バスタースーツを身に纏っていた。だが今、目の前にいる浩之は、薄い防塵ジャケットを着ただけの完全な『生身』だ。
「……あんた……それ、生身……だよね? 服着てるだけだよね……?」
「そうだが」
「なんなのその動きはぁぁぁっ!? アラクネみたいな重戦車なら分かるよ!? なんで生身の人間が機械の攻撃を素肌でかわして、剣一筋で鉄の塊を切り裂いてるのさ!!? 人間の動きじゃないでしょ!!? 意味が分からないよ!!」
頭を抱えて絶叫するシェラに対し、浩之は「ちょっと鍛えてるだけだ」と淡々と返した。
すると、横で静観していたアラクネの青いバイザーが、チカチカと高速で明滅を始めた。
『照合完了。……質問します、マスター』
「なんだ?」
『マスターは、旧文明軍規格における「強化兵(Enhanced Soldier)」ですか?』
アラクネの合成音が、微かな困惑を含んで響く。
『生体スキャン結果。マスターの体表に機械的補正器および人工筋肉の装着は確認できません。しかし、先ほどの運動スペック、反応速度、および衝撃耐性は、生身の人間の数値を340%超過しています。非強化人間の生体限界を逸脱しています』
「いや、俺はただの人間だ。普通のゲーマー……いや、探索者だよ」
『……否定します。本機の重機関銃による支援射撃と並走しながら、生身でそれ以上の撃破速度を叩き出す運動ロジックは、旧文明軍・最精鋭強化兵部隊の戦闘データを凌駕しています。論理的説明がつきません』
アラクネですらバグを起こしかけている処理音に、浩之は「ゲームのステータス補正だ」とは言えず、苦笑しながら肩をすくめた。
「上層の雑魚掃除は終わった。本命へ向かうぞ」
浩之は足元――大量のスクラップの底に隠されていた、重厚な耐圧密閉シャッターを指差した。上層のゴミ山の下に隠された、地下へ続く縦穴エレベーター。これこそが、現代人類が未到達である『強化兵の実験・開発施設』――下層区画への入口だった。
浩之が操作パネルへスキャナーを接続すると、画面に『アクセス拒否:軍事機密セキュリティ』の赤文字が点滅した。
「……やっぱりな。街の探索用スキャナー程度の簡易ハッキングじゃ弾かれるか」
『マスター、本機が回線をバイパスします』
並走していたアラクネの頭部ユニットから伸びたデータケーブルが、パネルのポートへカチリと接続される。青いバイザーが高速で明滅し、内部プロトコルを即座に書き換えていく。
『旧文明軍・緊急アクセスコード認証完了。防衛ロックを解除します』
ガコンと重い噛み合わせの音が地下に響いた。
――ヴゥゥゥゥン……。
地響きのような重低音とともに、壁面の表示灯が赤から青へ切り替わり、巨大な縦穴エレベーターの鉄板がゆっくりと下降を始める。
「このエレベーター、動くんだ……!? 300年も経つのに電力が生きているの!?」
ガタガタと震えるエレベーターの床の上で、シェラが驚きに目を見開いた。
「旧文明の主要施設は、地熱発電や超小型リアクターによる独立電源が生きていることが多い。特にここは重要拠点だったからな。予備電源が稼働し続けていてもおかしくない」
浩之が淡々と答えると、エレベーターは数分かけて地下深くへと到達し、静かに扉を開いた。
目の前に広がっていたのは、荒野の廃墟からは想像もつかないほど広大な、シームレスな金属壁で覆われた大通路だった。天井は遥か高く、大型のトレーラーすら複数台すれ違えるほどの幅がある。
「うわ……この施設、めちゃくちゃ広いね。これならアラクネでも余裕で動けるじゃん」
『肯定します』
アラクネが六本の金属脚を力強く踏み鳴らし、浩之たちの横へ並んだ。
『回答。当施設は旧文明軍「強化兵開発・実験拠点」です。重装甲強化外骨格の運用試験、および大型支援兵器の移送・格納を前提として、天井高15メートル、通路幅20メートルの大型モジュール規格で設計されています』
「なるほど、デカい強化外骨格や兵器をそのまま運ぶための搬入路ってわけか」
浩之が納得したように頷き、プラズマ・エッジの柄を握り直して先頭に立った。
広大な中央通路を進み始めてすぐ、天井の隠しハッチや側面の防衛スリットが一斉に開放された。300年という歳月に加え、先ほどのアラクネによる緊急認証の介入によってシステム全体が制限運用モードへ移行していたものの、重要施設の防衛機能は依然として生きていた。
――ガガガガガッ!!
《侵入者を感知。第3防衛レベル起動。排除を開始します》
現れたのは、上層の暴走機械とは一線を画す、軍用規格の四足歩行型警備メカと、高出力レーザーを備えた自律砲台の群れだった。その数、二十以上。
「また来たね……っ!」
シェラがショックキャノンを構えようとした、次の瞬間――。
シュッ――!!
浩之の姿が砂嵐のようにブレた。プラズマ・エッジを起動させ、青白い光刃を纏わせると同時に、地を滑るような高速踏み込みで先頭の四足メカの懐へ潜り込む。
一閃。装甲ごと斜めに切断された警備メカが爆発する前に、浩之はすでに次の砲台の射線から消えていた。
左手にバスターライフルを呼び出し、振り返ることなく背後へ向けてノータイムで撃ち抜く。
――ズドンッ!!
圧縮エネルギー弾がレーザー砲台をコアごと粉砕。その爆風を遮蔽物にしてさらに加速し、群がる機械群の隙間をすり抜けながら、寸分の狂いもない正確無比な剣撃と射撃を叩き込んでいく。
「左だ、シェラ!」
「任せなっ!!」
すれ違いざまの指示に応じ、シェラが指向性電磁ショックを放って側面の即応機を釘付けにする。
最小限の動作、無駄のない回避、敵のアルゴリズムを完璧に読み切った立ち回り。バスタースーツなしの生身でありながら、浩之の手によって広大な通路の防衛網は数十秒で壊滅した。
バチバチと火花を散らす大量のスクラップの真ん中で、浩之はプラズマ・エッジの光刃をサッと収めた。
「……ねえ、ヒロユキ」
後ろで呆然と立ち尽くしていたシェラが、遠い目をしてポツリと呟いた。
「……なんで私まで誘ったのさ……まるで合いの手要員じゃないか、これ。ホントにヒロユキひとりで十分なんじゃない?」
「そんなことはない」
浩之は振り返り、至極真面目な顔で首を振った。
「ソロプレイには常に死角が存在する。俺が前衛で突っ込めるのは、お前がショックキャノンで死角からの奇襲を潰してくれる確信があるからだし、アラクネが広域警戒を担当してくれているからだ。チーム戦っていうのは、役割分担でリスクを極限まで下げるためにやるもんだろ」
「うぐ……っ、そうやって大真面目にフォローされると、なんか文句言いにくいじゃないか……!」
シェラが赤くなった顔を背けてフンと鼻を鳴らすと、アラクネのバイザーがチカチカと点滅した。
『マスターの戦術論理を肯定。……ただし、マスター個人の単独戦闘効率パラメータが異常値である事実に変化はありません』
「余計な補足をしなくていい」
浩之は苦笑しつつ、さらに奥の区画へと進んだ。
数区画の防衛網を完封しながら降りていくと、やがて頑丈な重強化扉で閉ざされた「第2装備集積倉庫」と書かれた区画に到達した。
浩之が制御パネルをこじ開けてロックを解除すると、プシューッという密閉空気の抜ける音とともに分厚い扉が左右にスライドした。
室内に照明が点灯する。そこに並んでいたのは、探索者たちが一度もお目にかかったことのない、旧文明軍の手つかずの保管用コンテナと兵器ラックの山だった。
「すご……っ! これ、全部旧文明の本物の装備品……!?」
シェラが目を輝かせて駆け寄る。コンテナのロックを解除して中を覗き込むと、そこにはオイルと保存用ナノフィールドに守られた数々の武具が輝いていた。高出力光学ライフル『Type-88 プラズマカービン』、指向性高爆圧ナノ榴弾『HE-09 コンプレッションボム』、歩兵用対装甲ロケット『ヴァルカン・バスター』、衝撃拡散型『ポータブル・エネルギーシールド発生器』――どれも旧文明軍の実戦仕様がそのまま眠っていた。
さらに奥の耐圧アタッシュケースを開いた浩之の目が、わずかに見開かれる。
「……ほう、当たりがあるぞ」
そこに収められていたのは、各面に幾何学模様の回路が刻まれた、手のひら大の金属製立方体――軍用規格の『キューブ・ストレージ』だった。
「これって……旧文明の空キューブ!? しかも、ミリタリースペックの軍用規格じゃないか!」
旧文明の強化兵は、高威力な光学火器や防壁、補給資材を軍用キューブに充填し、戦場で瞬時に展開・収納しながら戦う戦術システムを構築していた。ケース内に収まっていたのは、保存状態が完璧なCUBE-Iが2個、CUBE-IIが2個、さらに四輪車クラスまで収納可能なCUBE-IIIが1個。計5個の手つかずの空キューブだった。
(人前でインベントリを多用しすぎるリスクを抑える意味でも、このキューブはいい偽装になるな)
「よし、保存状態は完璧だ。旧文明の強化兵規格だが、どれもまだ十分使えそうだ」
浩之は兵装のスペックを素早く確認し、手に入れた軍用キューブと装備をインベントリへ次々と収めていく。
「ハクスラの本番はこれからだ。もっと深部へ行けば、さらに上のレア装備が眠ってるぞ」
「行く! 絶対に全部持って帰る!!」
シェラが意気揚々と拳を突き上げ、アラクネが頼もしく120mm砲の照準を奥へと向けた。
三者は、未踏の宝が眠る暗い地下深くへと、さらなる戦果を求めて足を踏み入れていくのだった。




