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ある女錬金術師の試み  作者:
episode 2
7/58

同じ顔、ふたつ 4

キス描写が出てきますので、苦手な方は読み飛ばして下さい。

 マリーは、やっと少し我に返って、震える身体を叱咤して、必死に後ずさる。

「あれ、何で逃げんの? 今あんた俺に気を許しそうになってたじゃん」

「……貴方本当に悪魔なの?」

「うんまあそうだよ、呼ばれたから来てみただけだけど。

 なんか珍しいなあと思って。

 入れ物に宿れ、なんてこと初めてだからさ、面白そうだなぁと思って。

 丁度空腹だったし、腹ごしらえついでにさ」

 よくしゃべる悪魔だとマリーは思った。

「まあ気は済んだし、君を頂いて帰るよ。

 いやまてよ、いっそのこと連れ去って俺の愛玩物にしようかな、君、俺の好みだし。

 それにこんな入れ物に入ってない俺の方がきっとずっと麗しいと思うよ」

 ハウエルズは自分の胸に手を当てて、自己礼賛の言葉を並べる。

 マリーは不意に自分の中で何かがぶちり、と切れる音を聞いた気がした。

「……で」

「で?」

「出ていけーーーーー!

 それは私が丹精込めてつくった最高傑作なの!

 あんたみたいなカス悪魔なんかが入ってていいものじゃないのよ、将来の恋人の予定でつくったのに、気が済んだなら出ていけこのナルシスト!」

「カスって、おまえ少し前と性格違わねぇ?」

「うるさいうるさい!」

 マリーは叫んだ。

 すると、不意に目の前が暗くなった。

 唇にやわらかいものが触れる。それが自分の作りだした「彼」のものだと悟った瞬間、マリーの頭は再び真っ白になった。少しして唇が離れると、今度は舌で唇をなめられる。

 温かくて柔らかい感触に、頭が真っ白になる。

「ん……っ、やめっ」

「やだ」

 ふたたび口づけられて、マリーは動けなくなってしまった。

 全裸の男性にキスされているというとんでもない状況なのに、身体が動かない。逃げなければと思うのに、頭の芯がしびれてしまってどうにもならない。しかも、口づけてきているのは、マリーが最も好きな姿をした存在なのだ。

 抵抗する気力が奪われていく。

 このまま……魂を食べられてしまうのだろうか。 

 舌が唇から侵入してくる。

「……やだっ、んっ」

 こんなキスは知らない。今まで挨拶のキスしかしたことがない。

 マリーは必死に理性を呼び起こして抗った。

 彼の胸に両手をついて、なんとか押しやろうともがくが、びくともしない。

 誰か、と声を上げようとした時、少し前に聞いたばかりの声がした。

「どういうことですかこれは!」

 まぎれもなく、アレックスの声。

 すると、ハウエルズの手の力が緩んだ。マリーはもがいて、必死に彼の腕から逃げだすと、床の上に尻もちをついた。

「っ、痛……」

 痛さに顔をしかめつつも、目を開けて状況を見る。

 視線を上げると、蒼白な顔をしたアレックスと、興醒めしたようなハウエルズの顔が目に入る。

 同じ顔がふたつ並んでいるのに、絶対に別人だと分かる。

 マリーはとりあえずどうすればこの状況を無事に切り抜けられるかと考えを巡らせたが、ショックが残っており、どうにもいい案が浮かばない。

 視線をさらに巡らすと、少し離れた場所で恥ずかしそうにうつむいているリサが見えた。

 あれを見られてしまったのだろうか。

 まさに穴があったら入りたいという気分だった。

「貴方は一体誰なんです?

 何故私と同じ顔をしていて、ここにいるんです?」

 アレックスが訊ねる。が、ハウエルズは、曖昧な笑みを浮かべて、

「さて、どうしてでしょう?」

 と答えた。まともに答える気はないらしい。

 それに気づいたアレックスは、悔しそうに押し黙る。

「くくっ、まあいいか。俺の事を知りたければそこの女に訊け。

 せっかく久しぶりに地上に出てきたことだし、お楽しみは後にとっておくことにするさ。

 またあとでな、俺好みの赤毛ちゃん」

 ハウエルズは、せせら笑うように言うと、開いていた窓から飛び降りた。

「あ! 待ちたまえ!」

 アレックスの言葉も空しく、ハウエルズは窓の外へと全裸のまま消えた。

「くそ、一体なんだというんだ……」

 アレックスは悔しそうにつぶやいて、今度はマリーに視線を向けた。

「貴女、何か知っているんですね?

 ちょっと詳しく話してもらいましょうか?」

「……は、はい」

 ほとんど有無を言わせぬ気迫に、マリーは思わず頷いてから後悔した。

 どう話せばいいのだろう。

 マリーは嘘をつくのが苦手だった。

 正直に言うしかない。

 せめて立たないと、と思って、壁に手をついて立ちあがろうとするのだが、足が震えてしまい、立ちあがれそうにない。

 悔しくて唇を軽く噛む。

 すると、アレックスが手を差し伸べてくれた。

「あ、ありがとうございます」

「倒れている女性を助け起こすのは当然の礼儀ですよ、礼などいりません」

 言葉は優しいのに、声が冷たい。

 怒っているのだ、ものすごく。

 萎縮する心をなだめて、マリーはアレックスの手を取った。

 骨っぽい、がっしりした手。

 「彼」の指の長い綺麗な手とは違うのに、とても素適だなと思った。

「ふむ、ここでは落ち着かないですね。

 私の部屋で話を聞かせて貰いましょうか……そこまで歩けますか?」

「は、はい。なんとか」

 マリーはうつむいて答えた。

「えぇと、リサ、でしたね。そこに倒れている学生をお願いします」

「はい」

 答えたリサが心配そうにマリーを見てくる。

 しかし、マリーはただ力ない笑みを返すしか出来なかった。これから、マリーがここに残れるかどうか決まるのだ。

 気が遠くなりそうだった。



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