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ある女錬金術師の試み  作者:
episode 18
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イーディスの来訪 1

「もう、なんでいないの。ちょっとクリス、本当にここであってるんでしょうね?」

「間違いないって。あいつ、ここだって言ったし、僕はうそはついてない。見てみなよ、この血痕……多分あのあとここで寝てたはずだよ、それから起きだして、出かけてるんじゃない?」

 クリスの言葉に、マリーは顔をしかめて寝台を見た。

「どうして、約束したのに」

 悲しみが胸をついて、マリーは口ごもる。

「まあ、半分は悪魔だからね。彼の人間的部分が対抗できるとは思えないよ、もしそうじゃなくても、服の替えでも探しに行ったんじゃない? またあとで来てみればいいよ」

「……そう、よね」

 マリーはため息をついて、廃墟を見回した。二階建ての一回部分。天井はないに等しい。陽光が降り注ぎ、冷たい風がまともに屋内に吹き荒れる。

(こんなところにいたなんて。私が、アレックスの館でぬくぬくと過ごしているときも)

 白い息を吐くと、マリーはマフラーに顔を埋めるようにして、そっと廃墟を出た。

 朝である。結局ものすごい勢いで眠ってしまったマリーは、クリスに起こされて、ここにやってきたのだ。早く、生きている姿を見たいと、急く心のまま走ってきたのに、ハウエルズはいなかった。

「ごめんなさい、責めるようなこと言って」

「別に、いつものことだろ。正直、こんな不安定なマリー見るのは初めてだよ」

「そうよね」

「とりあえず、戻ろう。今日は普通に仕事あるんだしさ、また夜に来てみよう」

「うん。ありがとう」

 マリーは素直に礼を言って、気味悪がるクリスを小突きながら、寮へと戻った。

 本当は会いたい。不安で、たまらないのに、なぜ彼はいないのだろう、とそんなことばかり考えていると、学院の入り口で、困惑顔のジュディに呼び止められた。

「あの、マリーさん!」

「あ、ジュディおはよう」

「おはようじゃないですよ、学院内うわさで持ちきりなんですから。まだ始業までには時間ありますよね……その、迷惑じゃなければ、私にも何があったか教えてくださいませんか?」

 心から案じてくれているジュディの表情を見て、マリーは嫌とは言えなかった。

「ごめんなさい。今すぐにはさすがに時間が足りないわ。今日の夕方はあいてる?」

「はい。いつも暇です」

「じゃあ、夕方にある場所へ一緒に行きましょう。道すがら、話をすればいいから」

 そう言うと、ジュディはやっぱりまだ不安そうに、それでも得心したようすでうなずいた。

「わかりました、じゃあ後で」

「また、ここで落ちあいましょう」

 マリーが言うと、ジュディは「はい」と返事をして、クリスにも会釈して自身の仕事場へと戻って行った。

「マリー、今の美人だれ?」

 クリスが、去っていくジュディの背中を凝視しながら訊ねてきた。マリーは、無理もないか、と思いながら、肩をすくめて言った。

「ハウエルズを召喚した悪魔学科の人よ」

「えっ! あんなに美人なのに……うわぁ、何かいろいろと世の中間違ってるような気がする」

 確かにクリスの言う通りだと思った。けれど、他のことを考える余裕のないマリーは、まだジュディの後姿を見ているクリスはそのままに、さっさと自身の研究室へ向かった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その日は、研究室の床掃除からはじめた。

 魔法陣を、クリスに手伝ってもらい、完全に消す。まずはそれからだ。午前中はそれでつぶれた。午後は、図書館に行って調べものをしてから、研究室へ戻り、材料があるかの確認作業。

 マリーには、どうしても試してみたいことがあった。

 ハウエルズが入ったあの体は、ホムンクルス作成の方法をアレンジして錬成したものだ。あれが成功したのならば、もしかしたら、何かきっかけさえあればホムンクルスを錬成出来るのではないか、そう考えたのだ。

 彼の小人は、あらゆる知識を授けてくれるとされている。

 それにすがってみたい、とマリーは考えていたのだ。 

 ただし、ホムンクルス錬成は教会法で禁止されている。

 熱心な信者ではないマリーは、かまうものか、という気持ちだった。今大切なのは、真実だ。知るということだ。そして大学院は、悪魔学を容認していることからも明らかなように、知識の探求には寛容であるため、これからマリーが行う行為が、咎められることはない。

 真剣に集中し、本をめくり、どのように練成を行うか考える。周囲の雑音すら耳に入らないほどのめり込んでいたマリーは、突然の来訪者の声に、心臓が飛び出しそうな思いをすることになった。

「ちょっと! どういうことなのマリー、説明して」

「リサ、ええと、ごめんなさい」

 午後、大学院にやってきたリサは、クリスの首根っこを捕まえて、マリーの研究室に怒鳴りこんできた。とっさに謝罪の言葉が口からまろびでる。

 しかし、目をつりあげたリサが、そんな言葉ひとつで納得するはずもなかった。

「謝って済む問題じゃあないでしょう! あなた、あの体も悪魔もどこかへ行っちゃったみたいって言ってたじゃない。だから私は安心してたのに……しかも、教授とケンカしたですって? 結婚の約束はどうなるのよ! 悪魔に魅入られただなんて、嘘でしょう?」

 リサは勢いよくまくしたてた。マリーは黙って聞いていたが、クリスは少し驚いたようにつぶやく。

「もうそこまで話が進んでたんだ、じゃあいろいろと不味かったかもね」

「そうよ! 進んでたの、お膳立てしたのは私とビックよ、不味いにきまってるでしょ! へたをしなくても話が消滅するわよ、それだけじゃなくて、一生が台無しよ」

 クリスはもの言いたげにリサを見るが、何も言わない。マリーと同じで、今のリサには余計なことを言わないほうがいいと判断したのだろう。

「そうね。いろいろとしてもらったのに、ごめんなさい……私が悪いのよ」

 マリーは静かに言った。

「そんなこと聞いてない。本当に、本当に悪魔に魅入られたのなら、今すぐ教会に行きましょう! 悪魔祓いをしてもらうのよ、あなたは教授と結婚するべきなのよ、ようやく見つけたんじゃないの、あなたをちゃんと見てくれるひとを。私はあなたにもずっとそんなひとが現れたらいいって思ってたのよ。それは絶対に教授だわ! そう思ったからビックをたきつけてまで応援したのよ!」

 リサは泣きそうな顔をして言う。マリーは、何も言えない。彼女の考えや、気持ちに報いることが出来ないから。だから、ただうつむいて、目の前に広げた文面をながめた。

「私も一緒に行くから、教授に謝りましょうよ、それから教会に行くの、ね?」

 リサはマリーの腕をつかんで、立たせようとした。

「やめて、リサ。私にはやりたいことがあるの。教会に行く必要なんかないし、教授には後できちんと謝罪するわ、お願いよ……しばらく、放っておいて」

 そう言うと、リサはつらそうに顔をゆがめた。

「クリス、説明して。マリーはどうしちゃったの?」

「え? 僕が説明するの?」

 突然話の矛先を向けられたクリスは、当惑した視線をマリーに向けた。

 そのとき、戸の向こうから別の声が割り込んだ。

「わたくしにも、聞かせて頂けませんか?」

 マリーは驚いて目を見開いた。

 そこにいたのはイーディスだった。



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