同じ顔、ふたつ 2
アレックスは、指定のローブを脱ぐと椅子にかけた。
この学院で研究に携わる者は、通う学生と区別をつけるため、それぞれの研究分野現す紋章の縫い付けられたローブの着用が義務付けられている。
学生のものは白で、他の職務に携わる者たちは全員青い色と決められていた。
しかし、ずる長いローブはうっとうしく、アレックスは好きになれなかった。
「全く、ヤグディウムではこんなもの着なくても良かったのだが」
ぼやいて、書きもの机に向かう。
とりあえず、ここに来て分かったことは、教授はなにかのコネでここにいるのだということと、研究員たちはあまり有能ではなさそうだ、ということだった。
なにひとつ質問が飛んでくることもなく、研究内容を聞いても興味を示すような顔をしたものはいなかった。ただなぜかひとり、非常に顔色の悪い女性がいたが、体調でも悪かったのだろうか?
それを除けば、皆あまりやる気のない様子だった。
「あの教授の下にいるのだから、仕方ないか」
自分が上に上がることしか考えていないようなクズだ。
上手く言葉を選べば、ああいう輩は利用出来るだろう。
アレックスは、研究が続けられる環境さえあればそれで十分なのだ。ただし、こちらが利用されるようなことだけは避けなければならない。
ああいう小悪党はそういうことだけには知恵が回るからだ。
アレックスには目的がある。それを成すためには、どんな努力も惜しむ気はなかった。
邪魔だけはされぬようにしなければ、そんなことを考えつつ、部屋にどのようなものがあるのか見聞していると、バタバタと騒々しい足音がして、戸がノックされた。
「誰ですか?」
「あの、リサ・ヤーディンという者です。錬金術の研究員です……中に、いらっしゃいます、よね?」
「……何のことですか?
とにかく入ってきて、ちゃんと話して下さい」
そう言うと、戸が遠慮がちに開いて、美しい女性が入ってきた。
少し前、青い顔をしていた女性の横にいた人物だろう。アレックスは怪訝そうな顔をしている女性、リサの顔を見て訊ねた。妙に顔が赤い気がするが気のせいだろうか。
「何かあったのですか?」
「えっと……それが、助教授と同じ姿のひとが校内をうろついていたもので。
その、ぜ、ぜ、全裸で」
しばらく部屋に沈黙が流れた。
アレックスはまず自分の耳を疑った。疲れているのだろうか。彼女は何を言っているのだろう。なにしろ、自分はここを一歩も出ていない。そもそも記憶にある限りは、生涯で一度も、裸で人前をうろついたことなどない。
神に誓ってない。
だが、この学院内で研究されているのは、錬金術だけではない。
天文学、神学、心霊術、召喚術などなど、人が知りうるさまざまな学問の全てが研究されているのだ。もしかしたら、それもそうした研究の一環であり、何らかの失敗作である可能性がある。
「それを、どこで見ました?」
「あの、この上の階の、悪魔学研究所の付近で……」
「分かった。確認してみます、君はそれが私ではないと会った人に伝えておいて下さい」
「わ、分かりました」
リサは少しほっとしたように頷いた。
アレックスは脱いだばかりのローブを持ち上げて、袖を通すと部屋を後にした。