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ある女錬金術師の試み  作者:
episode 15
46/58

悪魔学科の女 4

 マリーの部屋に入ると、ジュディは歓声をあげた。

「あああ、お会いしたかったです」

 言いながらベッドに近づいて、瞳をうるませる。

 すると、横になっていたハウエルズが、迷惑そうな顔でマリーを見て聞いた。

「なあ、こいつ誰?」

「……自分の召喚者も忘れたの?」

 呆れた気分で言うと、ハウエルズはそれでもジュディのことを思い出せないらしく、小さく首をひねっている。よほどどうでもいいらしい。マリーは、何だか彼女がかわいそうに思えてきた。

「ああ、こんな痛々しいお姿になってしまって。

 どうして、この入れ物から出てお行きにならないのですか?」

「え? ああ、なんだろうな。出られないんだよ、出ようとしてみたんだけどさ」

 ハウエルズはてのひらをふしぎそうに眺めながら言った。

 やはり、分離しようと試みてはみたらしい。

「そっか、そんなことじゃないかと思ったわ。

 それでなんだけど、ジュディ……どんな感じ?」

「う~ん、あまり詳しいことはわかりませんね、やってみないことには、なにしろ、実物の悪魔の記録ってなかなか残ってないんですよ。誰かの想像の産物じゃないかと思われるものとか、薬物中毒症状が悪魔つきと間違えられていたり、あきらかに別の疾患が悪魔の仕業とされていたりとかで……」

 ジュディは嬉しそうにしながらも、ちょっと困ったように答えた。

 マリーはため息をついて、腰に手を当てた。

「なあ、何の話なんだ?」

「あなたが苦しんでるから、その体から悪魔であるあなたの魂をひきはがせれば、傷も治るんじゃないかっていう話よ」

 問いに答えると、ハウエルズは顔をしかめて、体を起こそうとした。

 だが、やはりまだつらいのか、唇が引き結ばれ、顔が苦痛の表情に染まる。

「だめよ、まだ痛むんでしょう?」

「俺は別のところに行く」

「何で? 何もしたりしないわ」

 マリーは、ハウエルズの両肩に手を置いて、寝台に押し戻そうとした。しかし、彼は苦痛の表情のまま、頑固に起き上がろうと力を込めている。

 ジュディは寝台の前にひざをついたまま、おろおろしていた。

「今、ひきはがすとか言っておいて何もしないだと? 言ってることがおかしいぜ。

 俺は、この身体から出ていきたいとは思っていない……だから、この部屋から出ていく」

「やめて、何よ、そんなにこの身体が気にいったの? だったらいいわよ、もう体から出ていけなんて言わないから、それなら、傷を治してからまた戻ればいいだけの話でしょう?」

 マリーが言っても、ハウエルズは横になろうとしない。

「そういう意味じゃないさ……俺は、ただ」

「ただ、何なの? 

 ねえ、とにかくお願い、今は横になって。そんなに苦しそうな顔、見てるほうもつらいの」

 マリーが、諭すように言うと、ようやく彼は横になった。

「……あのお、もしかしなくても、ハウエルズ様はマリーさんのことお好きなんですか?」

 ふいに、ジュディが好奇心むき出しの顔で言った。

 マリーは固まったが、ハウエルズは笑った。

「まあね。マリーのほうは、そうじゃないみたいだけど」

「え、違いますよ、マリーさんも好きですよ、ハウエルズ様のこと。

 うわあ、なんだかわくわくしますね、禁断の愛ですか!」

 ジュディは、ものすごく楽しそうに言った。

 今度はハウエルズも固まった。マリーは、彼の顔を見られなかった。しかし、ハウエルズのほうは、しげしげとマリーの顔を見つめている。

「それ、本当なのか? だって、マリーはあの教授が……」

「もう! やめて、そんな話、今しなくたっていいでしょ。

 私だって、自分の気持ちがわかんなくて混乱してるの!」

 マリーが顔を赤くして叫ぶと、ふたりとも黙った。

 なんともいえない空気が流れる。

 ハウエルズは、マリーを見ては目をそらし、ジュディは何やら楽しげに笑いを噛み殺している。いたたまれなくて、マリーは言った。

「とりあえず、ハウエルズが決めて。その傷は、そのまま置いておいて治るものかどうかわからないのよ。だったら、試してみる価値はあると思う。でも、無理強いはしないから」

「ああ、わかった」

 ハウエルズは、納得したようにうなずいた。

「という訳で、必要になったら儀式をお願いできるかしら?」

 マリーはジュディを見て言った。まだ頬が熱い。

「はいはい、会わせて下さいましたもの。それに、マリーさんと話が出来て嬉しかったです。

 私、こんなですから、話相手になってくれるひととか、ほとんどいないんです。同じ学科のなかでも、極めて変人だと思われてるみたいなんですよね」

 そう言って、ジュディはえへへ、と笑った。

 マリーは、やや気が咎めた。今だって内心、ジュディを変わり者だと思っているのだ。けれど、彼女は変なひとではあるが、悪い人間ではない。まあ、思ったことを何でも口にしすぎる、という欠点はあるが。

「その、私でよければたまに話を聞くくらいはかまわないわよ。

 思ったんだけど、まず、その黒いローブを何とかすれば、もっと友だち増えると思うの」

 主に異性の、ではあるが。それでも、マリーの言葉に、ジュディは顔を輝かせた。

「え、いいんですか、話相手になってもらっても。

 嬉しいです……でも、きっと嫌な思いさせちゃうと思いますよ?」

「そこよ、話をしながら、私がどこがだめなのか教えてあげる。あなたはそのままでもいいひとだけど、口に出していいことと悪いことがわかれば、いろいろと違ってくるはずよ、ね?」

 手伝ってもらうのだから、せめてそのくらいしてもいいだろう。それに、ハウエルズという秘密を共有できる唯一の人物でもある。

 ジュディは驚きに満ちた顔をして、少し恥ずかしそうに「はい」とうなずいた。

 かわいい。女のマリーから見ても、とんでもなくかわいい。やりようによっては化ける可能性ありだ。

「じゃああの、今日のところは自分の家に戻りますね。もう夕方ですし」

「そうね。じゃあまた明日、何かお願いしたいことがあったら、私のほうから声をかけるから」

 マリーはそう言って、部屋を出ていくジュディを戸の外に出て見送った。

 ジュディは頭を下げながら、ゆっくりと歩き去っていく。

 少しのあいだ、そこに立ってぼんやりする。

 正直、疲れていたのだ。なにしろ、寮に戻ってきてからというもの、気の休まるひまがない。

「まあ、協力してくれるひとと知り合えたことだし、今日はこんなものかな」

 つぶやいて、部屋のなかへ戻ろうとしたとき、廊下のつきあたりに、人影をみとめて、マリーは驚いた。と同時に、心臓を氷の手でつかまれたような感覚が襲う。

 今日、最も会いたくなかったひと。

 アレックスがそこにいた。



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