悪魔学科の女 3
女性はジュディと名乗り、自分は悪魔学科で講師を務めている、と言った。
「あなたは錬金術科の方でしたか。あのときはすみませんでした。
私、初めて儀式を行って、上手くいっちゃったもので、大興奮してまして、あの体がどういう経緯でそこにあったかとか、なんにも考えなしに使っちゃったんです」
申し訳なさそうな顔をしつつ言うが、声がはしゃいでいる。
マリーは渋面でジュディを見て、ため息をついた。
「まあ、だいたいそんなことだろうと思ってましたけどね。
それで、ハウエルズに会いたい理由はなんなんですか?」
「そんなこと決まっているじゃありませんか。聞くんですよ、いろいろと。
悪魔、という神秘的な存在が、どんな考えを持ち、どんなふうに生まれ、どんなふうにひとを堕落させるのか、それに、堕天使という言葉もあるくらいですからね、もともと天使だったのか、天使だったら神とはどのような存在なのか……ああ、たまりませんよね」
ジュディはうっとりとしながら語る。
マリーは頭痛がしてきた。こういう手あいは、大学院にはたまにいる。ようするに、変人奇人の類だ。
頭はおそろしく良いのだが、人間性が微妙にだめで、社会性がまったくないタイプであるために、大学院にしか居場所がないのである。
おそらく、彼女もそういうタイプなのだ。
腹がたっていたこともあり、マリーは勝手に決め付けた。
「それで、会わせていただけるのでしょうか?」
ジュディは懇願するような目でマリーを見つめた。
マリーは腹立たしいので、断ってしまおうか、とも考えたのだが、ふと、考え直す。
そうだ。わざわざ自分で調べなくても、悪魔に詳しい人物が、目の前にいるではないか。
手伝ってもらって悪いことはないはずだ。
なにしろ、今現在マリーが悩むはめになったのは、彼女のせいなのだから。
「いいわよ。ただし、今ちょっと面倒なことになっているの……ねえ、悪魔の魂が傷ついた場合に、なにか有効な手段、みたいなのってあるの?」
マリーが言うと、ジュディは表情を一変させた。
「まさか、ハウエルズ様の身に何か!」
ただでさえ白い顔が、ますます蝋のように白くなる。
「うん、まあ、ちょっと……捕縛用の魔法陣に捕まりかけちゃって、傷ついちゃったの」
「私に、私に見せて下さい!」
「方法があるの? 手伝うからまずそれを教えて」
マリーが問うと、ジュディは少し考え込むようなしぐさをして、唸る。
「う~ん、悪魔の治療ということについては、私も読んだことがありません。もともと、悪魔は自己治癒能力が異常に高いのです。少々の傷くらいなら、すぐに治ってしまうはずです。
それが治らないということは、何かが変化したとしか」
ジュディの言葉に、マリーはやはり、と思った。
「もともと、悪魔は魂だけの存在に近い、というのは私も読んだわ。
それが、ああして実体を得てしまった、ということが関係しているのかしら?」
そう聞くと、ジュディはうなずいた。
「おそらく、そうだと思います」
「……じゃあ、体から切り離せればいいんじゃないかしら?」
「多分、そうだと思います。でも、出て行きたければ自ら出ていけるはずですけど」
「それがね、そうでもないみたいなの……とりあえず、見てみてくれる? もしも体と魂を切り離す儀式のようなものがあれば、やってみて欲しいの」
マリーが言うと、ジュディはちょっと意外そうな顔をしてマリーを見た。
「マリーさん、ハウエルズ様のこと好きになっちゃったんですか?」
ジュディは唐突に言った。マリーは言葉に詰まり、目を見開いて、しばらく黙りこむ。
「な、何でそんなこと……」
「だって、そうじゃなきゃ助けたいなんて思いませんよ。相手は悪魔です、人間ではありません。たぶらかされたふうにも見えないし、だったら、そうだとしか」
ジュディはずけずけと言いたいことを言う。
マリーは否定も出来ず、言葉に詰まってジュディを睨みつけた。
頭をフル回転させ、言い返せる言葉を探す。
「あなたの思い違いよ」
「えぇ~、そうは見えないんだけどなあ」
「ああもう! いいから、私の部屋に来てよ、彼、今動けないの。会わせて欲しいんでしょ?」
マリーは怒って言った。
すると、ジュディは突然態度を変える。
「はいはい、会いたいです、行きます!」
「じゃあついてきて……」
目を輝かせはじめたジュディを見て、マリーは疲労を感じた。
彼女の手を借りようなどとずるい手を考えたのが、間違いだったかもしれない。それでも、もう言ってしまったことは取り消せないのだ。
マリーはため息をつきながら、ジュディを連れて図書館をあとにしたのだった。