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ある女錬金術師の試み  作者:
episode 15
44/58

悪魔学科の女 2

 ハウエルズの意識は戻り、少し安堵したものの、まだ痛みが強そうだった。

 動かすことは当面のあいだ出来そうにないが、鍵だけは直しておかなくてとは、マリーは思った。鍵が壊れたままでは、安心して部屋にいられない。

 そのため、少しの間だけ隠れてもらうことにした。マリーは急いで管理人のおじさんを呼び、すぐにつけなおしてもらった。管理人のおじさんは、酔っ払いが壊したみたい、という言葉を、すんなり信じてくれたので、マリーはとりあえずほっとした。

「じゃあ、ちょっと図書館に行ってくるけど、じっとしてるのよ?」

「はいはい、行ってらっしゃい」

 ベッドの上からひらひらと手を振り、ハウエルズは笑って見せた。

 マリーは、ため息をついて、直してもらったばかりの鍵をかけて外に出た。

 外に出ると、マリーはうめいた。

「ああ、今夜どうしよう」

 時間は午後である。帰って来てから、ずいぶんと時間がたってしまった。

 別の思索についやそうと思っていた時間が、すべてつぶれてしまった、と思いながら、マリーはすべって転ばないように、静かに歩いた。 

 図書館は、学院の建物のなかにあるのではなく、まったく別の建物である。古い離宮を改装してつくられた学院の本館とは異なり、最近建てられたものだ。そのため、造りがまったく異なっていた。

 シンプルで明るく、機能的な図書館を、マリーはとても気にいっていた。

 また、図書館は一般のひとも利用できるようになっており、建物のそばには、まばらだがひとの姿がちらほらあった。入口まで来ると、寒いので、さっさと中に入った。

 薄暗い入り口をくぐると、少しかびくさい紙の香りに包まれる。

 マリーは早速、入口のカウンターに座っている司書に名前を告げて、本を探しにかかった。

 ハウエルズには言ってこなかったが、マリーは悪魔について調べるつもりだった。真っ直ぐに悪魔学の書籍がある場所へ向かう。今まで、錬金術に必要な範囲でしか、悪魔については学んで来なかったのが悔やまれるが、たとえ付け焼刃であっても、もう少し知識があれば、彼の役にたてるのでは、とマリーは考えたのだ。

 アレックスのことと同じくらい、マリーにとって、ハウエルズに関わる問題は重要なことだった。

 自分が、生み出してしまったようなものなのだから。

 いや、完全に、ではないかな、とマリーは考えた。あの時、勝手に持ち去った悪魔学科の者にも責任はある。そのときのことを思い出したマリーは、怒りも同時によみがえり、大きくため息をついた。

 怒っている場合ではない。

 落ち着け、と言い聞かせ、ずらりと並ぶ背表紙に目を走らせる。

 その時、となりに軽くぶつかってきたひとがいた。

「あ、ごめんなさ……」

 その人物は謝りかけて、マリーを凝視した。マリーの方も凝視した。

「あーーーーー!」

 ふたり同時に、互いを指差して叫ぶ。すると、周囲から避難めいた視線がたくさん突き刺さり、マリーとその人物は口を押さえた。

 マリーはうらめしい思いで、その女性を眺める。

 黒い髪、華奢な体つき。大きな青い瞳。まっ黒なローブなど着てさえいなければ美少女なのに、と思ったことは忘れていない。

「あなた、あの時の……」

 そもそもの元凶をつくったうちのひとりだ。

「あの時は申し訳ないことをいたしました。勝手に研究物を拝借してしまって……。それで、あの、あなたがまだ生きてらっしゃると言うことは、あの方は祓われてしまったのでしょうか?」

 あの方、とはようするにハウエルズのことだろう。

 マリーは苦虫をかみつぶしたような顔をしながら、答えた。

「まだいるわよ」

 しかも厄介なことに、人間の心まで持ってね、と心の中で言い添える。

 すると、女性は顔を輝かせた。

「いるのですか! ああ、良かった滅びていなくて。私が初めて召喚に成功した方なのです! 

 あの、あの方に会わせてはもらえないでしょうか? お願いします、一目、ひとめっ!」

 その女性はマリーの両手をがっちりとつかみ、目をうるませて叫んだ。

 ふたたび、非難の視線が集まってくる。マリーは、慌てて言った。

「ちょっと、静かにお願い。そのことについては、ちょっと話合いましょう、ほら、あっちで、ね? だから落ち着いて、興奮しないで、迷惑になるから……」

 マリーは、図書館の南側にある喫茶スペースを、視線で示してみせた。女性は、何度もうなずいてからマリーの手を放すと、嬉しそうに、本を持ったままそちらへ歩いて行く。相も変わらずのまっ黒ローブ姿に、まわりのひとがぎょっ、として逃げて行く。

 面倒なことになった。

 マリーはすでに疲労をおぼえながら、彼女のいる席へと向かったのだった。



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