悪魔学科の女 1
マリーはハウエルズの寝顔を見ながら、どうすればいいのだろう、と考えていた。
彼はどんどん人間に近くなってきているようだ。最初のころは、眠りすら必要としていないふうだったのに。今では、こんなにも無防備な寝顔をさらしている。
こんなことが、起こるものだとは、思いもしなかった。
「……このまま、ハウエルズが人間になっちゃったら、どうなるのかな」
ぽつり、とつぶやいてみて、マリーはため息をついた。
悪魔が入り込んでしまったとはいえ、この身体は自分が生み出したものだ。作った時は、しばらく眺めて過ごし、やがて体が朽ちたら、どこか迷惑にならない場所へ、夢や望みや嘆きや、その他、もろもろの苦しい感情とともに、埋めてしまおうと思っていた。
けれどもし、彼が生きてしまったら?
それは、そもそもどういう存在になるのだろう。
どういう定義の上に成り立つ生物になるのだろう。
マリーも、悪魔について調べたことはあるものの、何から何まで、詳しいことはわからないことだらけだ。とにかく、細かいことについては、ハウエルズ自身に聞くのが一番良いだろう。
けれど、彼が回復するのにはもう少しかかりそうだ。
その間は、図書館でいろいろと調べてみよう。
そう決めて、マリーは複雑な気持ちを押しこめた。こんなふうに、普通の人間みたいに、弱っている姿を見ると、こころが動いてしまう。
アレックスは、決して弱いところを見せようとはしない。
そんな彼を、愛しているはずなのに、こんなにも気持ちが引き裂かれるのはどうしてなのだろう。そんなことが頭にうかび、マリーは激しく首を横に振った。思考がやや混乱しているいま、そのことについて考えるのは良いことではない。
いまは、ハウエルズに回復してもらうこと。そして、彼自身がどうしたいのか聞くこと。
そのこと以外は、考えても無意味だ。
そうこころを決めた後、マリーは戸のほうに目をやって、血の気が引いた。鍵が壊れたままだ。あのまま放置していて、もしも、誰かが訪ねてきたら困る。それがアレックスだった場合は……。
けれど、いまはここを動けない。ハウエルズの手を、放すことなど出来ない。
マリーは祈った。せめて今日一日だけでいいから、いや、ハウエルズが目覚めるまででいいから、誰も訪ねてきたりしませんように、と。
それから約三時間後にハウエルズが目覚めるまで、マリーはやきもきして過ごすはめになってしまったのだった。