罠とほころび 3
ラウンジは少し散らかっていた。ここに残った研究員たちが、ここで新年を祝ったり、酔っ払って騒いだのかもしれない。もう開けてずいぶん経つのに、まだどんちゃん騒ぎし足りないようだ。それを見て怒る管理人の顔が目に浮かぶ。
マリーはくすくす笑いながら、自室へと向かった。
やがて、部屋へたどりつくと、自室の戸がうっすらと開いていることに気づいて立ち止まる。おかしい、鍵はちゃんとかけてきたはずだ。寮の部屋の戸には、すべて鍵がつけられている。もろもろの犯罪を防止するためだ。良く見ると、鍵が壊れて、戸の取っ手にぶら下がっているではないか。
「……ちょっと、やだ」
マリーは怖くなって、足音を立てずに後ずさる。なかを確認したいが、ひとりでは恐ろしい。
とりあえず、クリスを探して来よう。もし彼が、どこかに出かけていて、部屋にいなければ帰ってくるまで待っていよう。そう決めて、マリーはクリスの部屋へと急いだ。
幸い、クリスは部屋にいた。聞き取りにくい声で、なにごとか言いながら出てきた彼は、やたらと酒臭い。ラウンジでの酒宴に加わっていたのだろう。
マリーはクリスを、ほとんど無理やり引っぱって部屋へと戻った。
「考えすぎだよ。だいたい、侵入者がいたとしても、もういなくなってるって」
ものすごく迷惑そうに目をこすりながら、クリスはあっさりと部屋の戸を開けた。
マリーは彼の背中ごしに部屋の中をのぞきこむ。
「だ、誰かいたりしない? 荒らされてたりは……」
「どこもなにも落ちてないし、動いてもずれてもないよ」
不機嫌な声で、クリスはさっさと部屋の中に入ると、ある一点を見つめてから、振り返る。
「……侵入者ってさ、彼のことなんじゃないの? 君の最高傑作のさ」
半分寝ているような顔で、クリスはベッドを指差した。
マリーはクリスの言葉に仰天し、あわてて部屋の中に入った。彼の言ったとおり、ベッドに横になっていたのはハウエルズだった。眠っているのだろうか。悪魔に睡眠が必要だなどとは知らなかったが、とにもかくにもほっとした。
「ああ、もう、心配して損したじゃない。
ねえ、ちょっと、起きてよ、なんでここにいるの?」
マリーはため息まじりに言って、寝ているハウエルズの顔を二、三回、軽く叩いた。ちいさなうめき声があがり、ハウエルズが目を開ける。しばらくはぼんやりとしていたが、マリーの存在に気づくと、力なく腕を上げ、何か言おうと口をぱくつかせる。
マリーはかすかに異変を感じとり、彼の全身をじっくりと見た。やがて、異変の正体を知ると、血の気がひいた。
「なに、これ……どうしてこんな」
ハウエルズの腕や足には、まるで細長い焼きごてを当てたような、赤いあとが無数についていた。それらすべてが、古い文字のかたちをしており、ツタがからみつくように、全身をめぐっている。
「ああ、やっと引っかかったんだ」
すると、背後から明るい、どこか面白がっているような声がした。
マリーは勢いよく振り向いて、探るような目つきでクリスをにらむ。ひっかかった、とは、いったいどういう意味なのか。
「あれ、教授に聞いてないの? 僕ら協力して、少し前だけど、学院のいろんなところに、対悪魔用の罠をしかけたんだよ。悪魔学科のひとたちに手伝ってもらってさ」
「……どうして?」
マリーは怒りをこめて問うた。心臓のあたりが痛くなるような怒りがわきあがる。そんなマリーを見て、クリスは意外そうに首をかしげた。
「どうして、なんて聞かれるとは思わなかったな。むしろ君が一番、そいつのことを捕まえたかったんじゃないの?」
マリーはうつむいた。そう、それに間違いはなかった。
こんな姿を見るまでは……。