同じ顔、ふたつ 1
とりあえず、夢でも見ているのだろうか、と頬をつねってみる。
痛い。
クリスの方を見ると、彼も仰天した顔でこっちをちらちら見ている。
「初めまして。
アレックス・ハーストです。北のヤグディウム大学院から赴任して来ました。
パディントンはかなり研究が進んでいると聞き、楽しみにしております。至らぬところもあると思いますがこれからよろしくお願いします」
背の高い男性は、低く張りのある、しかし抑揚に欠けた声で言った。顔にも声にも、感情のあまり出ないタイプのようだ。しかし、それよりも問題なのは顔だった。
なにしろ「アレ」とそっくりなのだ。身長も恐らくほとんど同じだろう。
アレの顔はあくまでもマリーが、もしも劇に出てくるような魅力的な恋愛が出来るなら、相手はこんなふうな人がいいな、などと気楽に考えて造形しただけのものだった。
今まで見てきた劇の俳優や、物語の挿絵、教会のフレスコ画、彫像などなど、色々見本にしたものをまぜまぜして好きなところだけ取り出して組み合わせたものなのだ。
現実に存在するわけがないはずなのに……。
しかし、彼はそこにいる。そしてこれからしばらくここで一緒に研究をするのだ。
助手を務めることにもなるかもしれない、指示を仰ぐこともあるだろう。
マリーは血の気が引く思いだった。
(と、とにかくアレを始末しなくちゃ……っ!)
もし見つかってしまったら、なんと説明すればいいのか分からない。
例えば……。
「貴方の顔は知らなかったけど、たまたま同じになっちゃいました、テヘっ」
「以前一目見た時に、美しいお顔だと思ってモデルにしてしまいました。すみません!」
どちらも言いにくい。
前者では信じてもらえない可能性が高いし、後者では嘘をつくことになる。
「彼の専門は、鉱石関係だそうだから、そちらの研究をしている者たちは師事を仰ぐといい。
それでは、今日からよろしく頼むよ」
教授はやや引きつった顔でそう言うと、新しい助教授、アレックスの背を軽く叩いた。肩を叩こうとしたのだろうが、届かなかったらしい。
「はい」
アレックスは静かに頷くと、集まった研究員に軽く会釈して助教授のための部屋へと下がっていった。やがて教授の長ったらしい挨拶、まあ大半がこれからの自分のことだったのだが、が終わると、マリーは出来るだけ怪しまれないように急いで研究室へと戻った。
そして戸を開けると、しばし立ちすくむ。
「……なんてこと」
「おいマリー! どうするつもりだよあれ……ってあれ?」
追いかけてきたクリスがマリーの背後から部屋の中を、特に作業台の上を凝視してから、次いでマリーの青ざめた顔をまじまじと眺める。
「お、おい。もしかして動いたとかないよな?」
「そんな……ゾンビじゃあるまいし」
マリーは呟いて、ぞっとした。
もしもそうなら完全にゾンビではないか。魂の宿らない人体など、死体と同義だ。
「と、とにかく探すから手伝って!」
「えー、僕だってやること山のようにあるんだけど?」
「じゃあ後でそれ手伝ってあげるから!」
マリーは殆ど泣きそうになりながら言った。クリスは少し考えるそぶりを見せ、少ししてからにやっ、と笑って何度も頷いてみせると、もったいぶって言った。
「よし!
じゃあ一番手ごわい、面倒極まりないやつを手伝ってもらうことにするけど……それでもいいかい?」
そのセリフに、マリーは思わずクリスを睨んだが、今はひとりよりふたりの方が効率がいい。仕方なく、分かったわと弱々しく告げた。
「とにかく学内を手分けして探しましょう。私は上の階を探すから、下の階をお願い」
「了解」
クリスはふざけた敬礼をしてから出て行った。
(クリスめ、後で頬をつねってやる)
マリーは額に青筋をたてつつ、自分も急いで研究室を出た。まずは近くの場所をしらみつぶしだ。なんとかして「アレ」がアレックス・ハーストの目に留まらないうちに見つけなければならない。
もしも見つかってしまったら……。と起こる不測の事態を考えてみたが、今はあまり思い浮かばない。
それよりも急いで探さなければ!
マリーは廊下に出ると、気合いを入れるために頬を叩いて、「あれ」を探し始めた。