罠とほころび 1
翌日、マリーはアレックスの暮らす館をおとずれた客人に腹を立てていた。
その客人とは、リサとビックだ。
「もう! 私は本当に心配したのよ!」
「だから、ごめんなさいってば。でもね、あなたを舞踏会に引きずり出すには、これしかないと思ったのよ。教授ってばなかなか動かないし、ビックと相談して、ちょっとしたお芝居をすることにしたのよ」
謝りながらも悪びれずにリサは言った。
ビックはそのとなりに、どこかすまなそうに、けれど少し楽しそうに座っている。マリーは彼を恨めしげに見た。茶色い髪に、繊細そうな顔だち。どこかあどけなさも残しており、保護欲をかきたてる。妹のイーディスとは、あまり似ていない。
「ウエストン卿までこんな悪ふざけに加担するなんて……あなたに対するイメージを書き変えないといけなくなってしまったわ」
マリーが疲れたように言うと、ビックは明るく笑った。
「はは、そうかもしれないね。でも、僕らは良かれと思ってしたんだよ。
実際、結果はご覧のとおり、そうだろう? アレックス」
問われたアレックスは、肩をすくめた。
「まあ、心配して訪ねたのに、元気に仕事している姿を見たときは頭に来ましたけどね。
それに、最初に話を聞いたときも、なんだか騙すみたいで、あまり気がのらなかったのも本当です。けれど、話を聞くうちに、良い機会だとは思いましたし、ぼやぼやしていると、いつまでも行動を起こせなかったというのは事実だったもので……申し訳ありません、マリー。
ですが、よくイーディスまで騙せましたね?」
「なに、イーディスは僕が体調を崩すといつも、うつるのを恐れてすぐにおばさんの家へ行ってしまうからね。母と主治医と使用人たちに協力してもらうだけで、すぐに騙せたよ」
「いい気味よ。私、どうしてもあのひとだけは好きになれないの」
リサは鼻を鳴らして、あっけらかんと言った。
マリーはびっくりした。リサが、自分の婚約者の家族をそんなふうに言うなどとは、思ってもみなかったからだ。唖然として彼女を見ていると、リサはいたずらっぽくほほえむ。
「騙したことで、嫌な思いをさせたならごめんね。
でも、私たちはふたりの幸せを思ってやったの。それだけはわかって」
「それについては疑っていないわ」
マリーはリサのほほえみに苦笑しながら言った。
「だけど、ふたりがいたずら好き、ということもわかったわ。
だから、これからは用心させてもらうことにするわね」
「ちょ、ちょっと、マリー!」
「いや、彼女の言うとおりだよ。用心しておいた方がいい。そのうえで、君たちをまた罠にはめられるか、方法を考えてみることにするよ。寝込んだときの最高のひまつぶしだ!」
ビックはそう言って、心から楽しそうに笑い声をあげた。