表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある女錬金術師の試み  作者:
episode 12
37/58

舞踏会の夜 4

「その、あのような場所で、突然の告白をしてすみませんでした。驚いたでしょう?」

「あ、はい。驚きました……突然だったこともありますけど、それ以上に……」

 マリーがなお、言葉をつづけようとするのを、手を上げてさえぎり、アレックスは息をついた。

 馬車の中は暗く、互いの顔が良く見えない。マリーの目には、今アレックスがどういう表情を浮かべているのかは、まったくわからなかった。闇に浮かびあがる、アレックスの白い手袋を見て、少しでも心境を読み取ろうとしてみた。けれど、やはりそれは不可能なことだった。

「……そうだったろうと思います。正直、いきなり意見を変える気になったことには、私自身が一番、驚きました。でも、あれは、本当の気持なのです。

 正式には、日を改めてきちんと言いますが、私は、あのとき、あなたに〝なかったことにしよう〟と言われて、とてもつらかった」

「……ごめんなさい」

「いいえ、謝らなければならないのは私のほうなのですから、あなたには怒られても仕方ありません。ですが、さっき言ったことは、本当の気持ちです……信じてください。

 私は、あれから、自分の気持ちを整理してみたのですが、結論としては、過去にとらわれつづけることは、悪なのではないか、と感じたのです」

「過去……」

 マリーはつぶやいた。それは、ずっと気になっていたことだった。

 彼は、昔になにかつらい経験をしており、そのために人を愛することに抵抗を抱いているのではないか。マリーはそう考えていた。本当は、聞いてみたい。けれど、変な聞き方をしたら、傷つけてしまうような気がして、聞くことが出来なかったのだ。

「そうです。過去は、変えられません……けれど、これからは、自分の努力しだいで、優しくてあたたかい未来をつくることができるのだ、とようやくわかったんです。

 そして、その試練に立ち向かうとき、私は、あなたに側にいて欲しい。

 ……他の誰でもなく、あなたに、マリー……」

 暗がりから、アレックスの手がのびてきて、マリーの両手をそっと包んだ。ふたりは、向いあわせに座っている。すぐ近くで、アレックスが深呼吸したことに気づかないわけにはいかなかった。

 マリーの心臓は、いまにも口から飛び出しそうなくらいどきどきしていた。

「私と、結婚してくださいませんか?」

 少し震えた声で、彼は言った。

 まるで、乞い願うような声で。

 マリーは心臓がとまりそうになった。落ちつかなければ、と思って、息をおおきく吸おうとするのに、のどが震えて、うまく吸えない。

 それは、一生聞くことのない、マリーには縁がないと思っていた言葉。

 知らず知らずのうちに、マリーの頬を、涙が伝う。

「……泣いているんですか? だめならばだめと、はっきり」

「いいえ。違うんです……ただ、嬉しくて」

 それ以上は、のどがつまって声にならない。

「……それは、肯定の言葉と受けとってもかまわないんでしょうか?」

「はい」

 涙声で、かすれてはいたが、マリーは必死にそれだけ言った。

 涙がとまらない。早く止めなくては、館についてしまう。マリーは、懸命に目もとをぬぐった。

「使ってください」

 アレックスが、そっとハンカチを渡してくれた。マリーは感謝しながらそれを受けとって、涙をふいた。そうしているうちに、馬車は館に到着する。今夜は、このまま館に泊まっていくことに決まっていた。やがて、御者が下りる音が聞こえ、扉が開けられる。

 馬車を降りてエントランスホールに入ると、アレックスが言った。

「あの、よろしければ、明日すぐに戻ってしまわずに、しばらくここに滞在していきませんか?

 色々と話もしたいですし、一緒に、新年を迎えられたなら、嬉しいのですが」

「でも、ご迷惑ではありませんか?」

「平気ですよ。前にも言ったとおり、この館の持ち主は、私の姉の夫なのです。彼らは、冬の間はまず戻ってきませんし、私はなにかを催したりしないので、部屋もほとんど開いているのです。使用人たちも、世話しなければならないひとが、ひとり増えるくらいはどうということもないでしょうし……」

 アレックスの声がすこし弾んでいる。マリーは少し気後れしながら、その申し出を受けることにした。

 こんなことがあった後、寮の部屋で、ひとり過ごすのはあまりにも寂しい。それに、サラとビックのことも気になる。寮より、こちらのほうが、彼らの暮らす館に近いから、様子を見に行ける、という思いもあった。

 クリスのことは気にしていない。彼は、いつも新年を研究員仲間と酒を飲んで騒いで過ごすのだ。

「じゃあ、よろしくお願いします」

 マリーが言うと、アレックスは心から嬉しそうに笑って「良かった」と言ったのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ