舞踏会の夜 2
彼に腕をからめてほほえんでいる女性がちいさく会釈してきた。
マリーも人形のように会釈をかえす。
「久しぶりだね。ここしばらくずっと姿を見ていないから、どうしているんだろうと気になっていたんだけど、元気そうで良かったよ。
ああ、知っているとは思うけど、そういえば会うのは初めてだったね、妻のサマンサだ」
紹介されるまでもない。もちろん知っている。本当のところ、会うのが初めてというわけでもない。あいさつだけなら、したことがあるからだ。
サマンサは、きれいな金色の髪をかわいらしいシニヨンにし、淡いブルーの瞳をした、細身の女性だ。社交界では、もっとも称賛される容姿。さらに、彼女にはかなりの資産もあったから、持参金はかなりのものになっただろう。あの時、ハロルドには賭けでつくった借金もあったが、それですべて返済できたはずだ。
彼はあいもかわらず、身だしなみにはひとの倍は気をつかっているらしく、ブーツはぴかぴかで、服装も流行の先端をいくものばかり身につけている。
「はじめまして」
マリーは、早く立ち去って欲しいと願いながら、礼儀を守ってあいさつをした。
「はじめまして。お話に聞いていたとおり、とてもきれいな方ね」
「そんなことありません。奥様の方がずっとおきれいですよ」
むりやりに笑顔をつくって言う。
ああ、苦痛だ。マリーは、やはりこんなところへ顔を出すべきではなかった、と強く後悔した。
「いやいや、そんなことないよ。昔より、今のほうがきれいになったくらいだ。
マリー、せっかく再会できたんだ。僕たちに、ちょっとしたつぐないをさせてくれないか?
あの時のことは、本当に申し訳なかったと思っているんだ。僕が、このサマンサを愛してしまったばっかりに。でも、君なら僕などよりもっと良い紳士と結婚することが出来るはずだよ?
こんなにきれいな女性を放っておくはずがないさ」
よくしゃべる、とマリーは思った。そういえば、以前からそうだった。
彼はひとりで言いたいことをまくしたてて、マリーは黙ってそれを聞くだけだ。話し相手、というより、ただあいづちを打つだけの相手。彼が欲しかったのは、そんな役割をこなしてくれるかわいらしい人形みたいな女性だったのだから。サマンサはうってつけだったらしい。一度、反論を口にしてみたら、遠まわしに非難されたものだ。女性がそんなことを言うなどおこがましい、といった意味合いの……。
「そうですわね。マリーさん、わたくしに任せてくださいな。次のシーズンにはたくさんの、お若い紳士方を紹介いたしますわ。わたくしは彼を選んでしまったけれど、以前親しくしていただいた方とは、今は友人なんですのよ」
「ああ、それがいいね。サマンサはとても顔が広いんだ。彼女に任せておけば、次のシーズンには、必ずいい相手を見つけることが出来るよ」
「その必要はありませんよ」
ふいに割りこんできた声に、マリーは地獄から救われたような心地がした。
ハロルドとサマンサの後ろに、シャンパンのグラスを持ったアレックスが、穏やかだが、どこか剣呑な笑みを浮かべて立っていた。