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ある女錬金術師の試み  作者:
episode 12
34/58

舞踏会の夜 1

 クリスマス当日は家族だけで過ごすものであるため、舞踏会はその翌々日に開かれた。

 マリーには、着付けを手伝ってくれるメイドなどの使用人がいないので、当日はアレックスの住んでいる屋敷に招かれた。

 久しぶりに淡いブルーのドレスに着替えて、つややかな赤褐色の髪を、流行のかたちに結い上げてもらいながら、鏡にうつる自分の顔が、こころなしか青ざめていることに気づいた。

 やはり怖い。今からでも、行くのをやめようか。

 けれど、ここまでお膳立てしてくれたアレックスを裏切ることはできそうになかった。

 それでも、マリーはかすかに震えた。

 首都からは離れたパディントン市だが、上流階級の集まりともなれば、知りあいに会わないとも限らないというのに。舞いあがって失念していた自分を、マリーは心のなかでののしった。

 それでも準備を終えてエントランスホールに出て行くと、すでに準備のととのっていたアレックスが驚いたようにマリーを見た。注がれた視線にこもった感情は、否定的なものではなかったので、マリーはすこし安心して、転ばないようにゆっくりと階段を下りていく。

 すると、アレックスが慌てて階段を上ってきて、手を貸してくれた。

「すみません、こういう格好は久しぶりにするので……」

「いいえ、それより、すごく綺麗ですよ。……そのネックレスも、とても似合っています」

「あ、ありがとうございます」

 首もとを見るアレックスの視線が、どこか熱を帯びているような気がして、マリーは頬が熱くなるのを感じた。思わず、ぎゅっと唇を噛む。落ちつかなくては。舞踏会が終わるまででいいのだ。それまでは、平静さを失いたくない。いくら心がおどっていても、それを顔にだすのは、はしたないこと。それが上流階級。たとえ、今回のようにささやかな集まりであったとしても。

 マリーはそのままアレックスにエスコートされ、用意されていた馬車に乗り込んだ。

 タンプリエ・ハウスはさほど遠くないので、会場へはほどなく到着した。

 ひとびとのさざめきを耳にし、マリーの緊張は嫌でも高まる。

 馬車を降り、建物の中に入ると、想像していたよりも、多くのひとが集まっていた。

 身なりなどからして、この周辺で暮らす地主階級や、将校たちもまざっているようだ。顔も知らなければ、名前も聞いたことのないひとびと。

 マリーは少しだけ安堵した。

 アレックスにうながされるまま、舞踏室に足を踏みいれ、主催者にあいさつする。

 緊張のせいで、立っていられるか心配だったが、アレックスのためなのだから耐えなければ、と言い聞かせた。幸い、未亡人はマリーのことを知らず、ただ興味ぶかげな目を、扇子越しに向けてきただけだった。

 それから会場に招待されているほかの主要な客たちへのあいさつまわり。それが終わると、マリーは心底ほっとした。

 アレックスはマリーを気づかうように言った。

「疲れてしまいましたか? なにか飲みましょう。私が飲みものを持ってくるあいだ、ここの椅子にかけて待っていてください。もう少ししたらダンスもはじまりますし、せめて私と踊ってもらう体力は、残しておいて頂かないと」

 そう言ってほほえむと、アレックスはどこかへ行ってしまった。

 嬉しいのだが、色々と恥ずかしくもある。なにを言えばいいのか混乱した頭で口をひらいたときには、彼の姿はもうなく、マリーはため息をついた。

「あぁ、もう……アレックスってあんなひとだった?」

 小さくぼやいて、マリーは壁際にならべられた椅子のひとつにかけた。

 なんだか落ちつく。

 ここは基本的に「壁の花」と呼ばれる女性たちの雑談場所だ。そのため、ここを注意して見るものは少ない。なにはともあれ、最も大事なことは終わった。少し緊張もゆるみ、マリーはようやく落ちついて会場を眺めることができた。

 さほど大きくはないフロアでは、いつダンス音楽がはじまるのか、と楽隊の方ばかり見ている若者たちや、雑談に興じているふくよかなレディたち、用意された食事にワインを楽しんでいる紳士たちが思い思いに過ごしている。

 久しぶりに感じる空気だ。

 マリーは顔をあげて、シャンデリアを見た。そのかがやきを見ると、懐かしさと痛みが同時にこみあげてくる。次いで、近くに置かれた、南国より取り寄せたと思われる色鮮やかな花々を見る。それらの花々は、どこか官能的で、かぐわしい香りをはなち、女性たちの香水の香りといりまじって、複雑な香気が会場を満たしていた。

 すべてがきらびやかな夢の世界のようだ。

 それを眺めながら、ぼんやりしていると、ふいに声をかけられた。

「あれ、マリーじゃないか」

 夢の世界から、一気に冷たい現実にひきずりもどされた、そんな気がした。

 呆然とするマリーの目の前に、かつての婚約者、ハロルドが笑みを浮かべて立っていた。



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