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ある女錬金術師の試み  作者:
episode 11
33/58

舞踏会への誘い 4

大量の荷物とともにとともに部屋に戻ったマリーは、色々な意味で疲れ切っていた。

「楽しかったけど、大変だったな……」

 つぶやいて、荷物を見つめる。

 ここに持ってきたものはごく一部で、大半はアレックスにあずけてあったり、まだ仕立てあがっていなかったりする。それを思うと、なんだか頭がくらくらしてきた。

 もう二度と、華やかだけれども、自由も尊厳もまったくないあの場所には寄りつくまい、と決めていたのに、結局アレックスの笑顔に負け、かなり色々と買いこんでしまった。

 マリーは、催しなどに必要なもののほとんどは手放してしまっており、一応残したものも、父の領地にある実家に置いてきてしまっていたので、いざ舞踏会に出席するとなると、さまざまなものが必要だったのだ。

 ボンネットに、傘、扇子、手袋、靴……無味乾燥だった部屋のなかに、突然あふれたあざやかな色彩に、なんだか目がくらむ。

 特にドレスやガウンを選ぶときが大変だった。

 何しろ、ここしばらく流行のことなど考えたこともなかったし、そもそも色やデザインで服を選ぶこと自体久しぶりだったので、すべて仕立て屋のマダムに聞かなければならなかったのだ。

 その際に、あなたはこんなに素敵なのにもったいない、とか、こんなに美しいものを隠すなんて犯罪よ、などと、非常に恥ずかしいことを言われ、いたたまれなくてどうしようもなかった。

 しかも、アレックスまでもが、その通りですよ、本当に綺麗です、よく似合っています、などなどと世辞を並べるので、マリーはますます恥ずかしくて困ったのだった。

「今まで、私のほうがアレックスを振りまわしていると思っていたけど、違う、違うわ。

 絶対にそうよ。

 私のほうが彼に振りまわされてる」

 ふいに、名前で呼ぶことが普通になっているのに気づいて、マリーは赤面する。

 こんなに簡単になじんでしまうとは、思ってもみなかった。

 マリーは小さくうめいて、荷のひとつに手をのばす。

 それはとても小さな包みだ。けれど、中味はとても高価なもの。そっと紙を開いて、中から出てきた箱を開けると、大粒のサファイアがきらきらと輝いた。

 マリーは、身を飾るアクセサリーもひとつしか持っていない。

 それも実家に置いてきたのだ。わがままを言って大学院に入ったのだ。せめて、金銭面での迷惑はかけたくないという覚悟で、高価なものはすべて置いてきた。

 だから、今マリーが持っているのは、真珠のネックレスひとつのみ。

 祖母が贈ってくれた大切なものだから、これだけは手放したくなかったのだ。

 そのことを告げたら、アレックスはさっそくマリーを宝石商のもとへ連れて行き、目の前で輝くネックレスとイヤリングを買ってくれたのだ。

 マリーは買うことに反対したのだが、押し切られてしまった。

「さすがに、あとで返さないとね」

 そう言ったものの、返したら彼が傷つくだろうという気もしていた。

 だから、あずかっていてもらう、と言って返そう。それなら、また何かの機会にこれを借りてつけられるだろうし、アレックスも受け取ってくれるはずだ。

「どうして、こんなことになっちゃったのかな。

 すごく楽しそうだったし……少し前に告白してきたひとと同一人物だなんて……とてもじゃないけど思えない」

 少し前まで、結婚はできない。だから婚約はできないがそれでもいいか、と言っていたのに。これでは完全に婚約者扱いだ。

 嬉しいといえば嬉しいのだが、納得がいかないのも事実だった。

「とにかく、これは明日研究室に行くときに持っていって、あずかってもらうの。私が持ってるのって、なんだか怖いし」

 言って、箱を閉じると、大きく息をつく。

 澄んだ冷たい空気が肺に入りこみ、心と頭を冷やしてくれる。

「ハウエルズ……どうしてるかな?」

 話をして、手をつないで帰った夜から、彼は姿をあらわさない。なぜ知っていたのかがわからないが、彼はマリーが妙なうわさに困惑していることを承知していた。だから、一緒に寮までくることを拒んだのだ。

 あの日の夜、マリーはハウエルズとともに、市場を見てまわった。

 雑多な階級のひとびとが、さまざまなものを売り買いしている場所。あのような熱気と喧騒のなかを歩いたのは初めてだった。珍しい食べものを買い、ひとびとの暮らしをまのあたりにしたことはマリーに新鮮な驚きを与えた。

 そのときに買った品物を置いた棚に目を向ける。

 殺風景そのものだったこの部屋に、少しずつものが増えていく。ぼんやりとそれらをながめていると、ふいに胸が痛んだ。心を決められない弱い自分が嫌でたまらなかった。

 けれど、必要とされることの喜びは、たとえようのないほど魅力的だった。今だけ、今だけだ。こんなことはこの先、もう二度とないだろう。クリスマスなのだ。少しだけ夢を見よう。ほんの、少しだけ……。

 マリーは小さく気合をいれ、買ってきたものを整理しはじめた。



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