うわさと本音 6
「まあ、確かにただの友人とはちょっと違いますね」
「では一体……?」
「あんまり言いたくないんですけどね本当は。
マリー……というか、マリーの父親のヘイスティングス卿が恩人なんですよ」
クリスの言っている意味をつかみかねて、アレックスは眉根を寄せた。
「まあ、そういうことです。
というか、僕の事なんか気にしてていいんですか教授……?
あの悪魔とマリー、追いかけるんじゃ……?」
言われて、アレックスは少し笑った。
先程までは神学科の誰かを捕まえてから、追いかけてやるつもりだった。
「もちろん、これから悪魔学研究と神学の研究が行われている場所へ行き、専門家に相談したうえで、確実に祓える方法を見出します。
それに、あの状況でマリーは私に手を伸ばしてくれた。
だから、信じますよ……彼女のことを。
悪魔などの甘言に屈するようなことはないでしょう。
そういうマリーだから、好きになったんです。
なにより、身体能力が違いすぎますからね、今から追いかけても、このパディントンの街を一周するだけで終わってしまいそうです。
こういうとき、人の肉体の限界が悔やまれますね……」
クリスは思わず笑いを噛み殺しつつ言った。
「……何だか、聞いている僕の方が恥ずかしくなってきました」
「いえ、私だって十分恥ずかしいですよ。
でももう君には色々見られてしまっていますから今さら取り繕っても仕方ないじゃないですか?
それより、教えて下さい。
ヘイスティングス卿とはどういう関係なんですか?」
「分かりましたよ、お教えします。
でも絶対にマリーにも他の人にも秘密ですよ。
まあ、別に大した話じゃなくて、良くある話なんですけど」
「分かりました。決して言いません」
アレックスは請け合った。
「僕はそもそも労働者階級出身なんです、本来ならお金がなくてこんな学問の最先端を行くような場所にいられるはずがないでしょう?
でも、卿がお金を出して下さったおかげでここにいるんです……代わりに、マリーの近くにいて、様子を見張って時々報告をするように言われています」
「ああ、なるほど」
アレックスは納得した。
「だが、それでは君は自分の好きな学問を選べなかったのではありませんか?」
「いえ、卿は元々マリーと同じ学問に興味がある優秀な子どもを探していたんです。
それで僕が選ばれた、という訳なので僕としてはただただ有り難いだけでした」
「いつも一緒にいるのにはそういう訳があったのですね……。
教えてくれてありがとうございました。
さて、これでお互いにお互いの秘密を握った訳ですね」
「そうなりますね」
クリスは少しいたずらっぽい笑みを浮かべた。
小さい頃、すぐには声をかけられなくて、遠目から眺めていた。
なんとかして友人になろうと、同じものに興味があるフリをしたりした。
声を掛けることが出来るまでは苦労もした。
けれど、そんな努力はすぐに必要なくなった。お互いに興味を抱くものがほとんど同じだったし、同じ目線でものを見られるのはお互いだけだったからだ。
興味の赴くままに色々なものごとを追及していくうちに、気が付いたら友になっていた。
本当を言えば、淡い恋心を抱いたこともある。
マリーはとても綺麗な少女だったし、あのハロルドの件の時も側にいたのだ。
なぐさめてやりたかったけれど、彼女はそれをばねにして研究を続けた。
クリスはついていくだけで精いっぱいになっていた。
気がつくと、恋心は尊敬の念に変化していた。
「では神学研究所の方から行くことにします。
もし忙しくないようなら一緒に来てくれませんか? 人手は多い方がいいので」
「もちろん一緒に行きます!
あ、後でマリーの部屋にも行くでしょう?
その時もついていきますよ。
僕が一緒の方がうわさが変なふうに広がらなくて済むでしょうし、リサのことも教えてやらないと」
「ああ、そういえばそうでしたね」
「あれ、ご存じだったんですか?」
「知り合いにウエストン家のものがいましてね、その人から聞いたんですよ」
「へぇ~、そうだったんですか。
貴族同士って知り合いになる機会多そうですよね」
「気楽な次男ですから、そんなに色々な催しに参加してきた訳ではないんですけどね」
「ああ、苦手そうですよねそういうの」
クリスは苦笑した。
「その通り、苦手です。居心地が悪いんですよね何だか」
そう言うとクリスは楽しそうに笑って、それ以上はなにも言ってこなかった。
だが、ふいにアレックスは表情を曇らせた。
貴族という言葉に、イーディスのことを思い出したのだ。
彼女は昔から思い込みが激しく、気にいらない時にはひどく攻撃的になる娘で、どういうわけかアレックスを好いているらしく、よく話しかけてきたものだ。
その時は本当に対処に困った。
ヤグディウムの大学院へ移ってからは会わずにすんでいたのだが、戻ってきてしまった以上、どうにかしなくてはならない。
まさか大学院内まで押しかけてくるとは思わなかった。
あの穏やかなビック・ウエストン……リサの婚約者である彼の妹とは到底思えない。
度が過ぎるようなら、ウエストン男爵、男爵夫人や、アレックスの父であるハースト子爵夫人などに相談し、自分以外に目を向けてもらうよう取り計らってもらおう。
そういうことに関しては女性同士に任せてしまうのが一番だからだ。
そんなことを考えながら、アレックスはクリスとともに神学研究室へと向かいつつも、なんだか憂鬱な気分になってきた。
(全く……面倒なことになりましたね)
しばらくはマリーやクリスとともに、ゆっくりと研究を続け、自分の心と向き合って行くつもりだった。だというのに、周囲はアレックスたちを放っておいてはくれないらしい。
本当にやりたいことは全て後回しになってしまっている。
どうしても、焦りと苛立ちがつのった。
ままならないものだ、と思いながら、アレックスはクリスに分からないよう、小さくため息をついた。