うわさと本音 5
マリーは慌ててドアを閉めようと駆け寄るが、時すでに遅く、その人物……アレックスはすでに部屋の中にはいってしまっていた。
アレックスは入ってくるなり、いきなりハウエルズの腕をつかんだ。
「まだ存在していたのですね……あれ以来姿を現さなかったので、私はてっきり、マリーのことは諦めて別の誰かのところに消えたのだと思っていましたが……」
「そいつは残念でした。
俺はまだまだマリーを諦めるつもりはないぜ」
ハウエルズは腕をつかまれたまま、歯を剥いて笑った。
尖った牙がのぞき、マリーは思わずごくりとのどを鳴らした。真っ白なその牙は、ハウエルズが宿ってから生えたもので、まさに彼が悪魔なのだと思い知らせるもののように思えたからだ。
もしかしなくても、その力を振るえば、ハウエルズは簡単にアレックスを引き裂いてしまえるのではと思って背筋が寒くなった。
さらに、マリーはアレックスの姿にも驚いていた。こんなにふうに激しく怒っている彼を見るのははじめてだったからだ。
「何にしても、彼女の様子がおかしい理由が分かりましたよ……あのまま去ってくれていれば、もう追う気はなかったのですが、そちらがあくまでもその気なら仕方ありません。
使えるものはすべて使い、あなたを消します」
いつもは温かな色を帯びているアレックスの金色の瞳が、暗く翳って冷たい色に変わっている。
それを受け止めるハウエルズの赤い瞳も輝いて見えた。
「フン!
出来るもんならやってみな!」
ハウエルズは静かに激怒しているアレックスをせせら笑った。
そして、自分の腕を折らんばかりの力でつかんでいるアレックスの手を、あいている方の手を使ってもぎ放すと、すぐ近くで立ちすくんでいたマリーの胴をがっちりとつかんだ。
「え……?」
あっけにとられて身動き出来ないでいるマリーの身体を力強く引き寄せ、ハウエルズはそのまま窓へとと飛んだ。
まさか、と思った時にはすでに窓の外だった。
冷たい風が全身に吹きつける。
「……待て!」
アレックスは窓の桟にとりついて必死に手を伸ばしたが、マリーがのばした手をつかむことは出来なかった。手はむなしく空をかき、そのまま、ふたりが落下していくのを歯がみして見送る。
「……くそっ!
こんなことになるくらいなら、ちゃんとあの時退治しておくんだった」
人でも殺せそうな凄まじい顔で、悔しげにアレックスは言った。
それから小さくため息をつくと、部屋の中を振り返り、呆然として、なりゆきについていけていないようなクリスに問う。
「君は……このことを知っていたのですか?」
このこと、というのは恐らくハウエルズのことだろう。
クリスはもし知っていて黙っていたなら許さない、と言いたげなアレックスに言い知れぬ恐怖を感じつつ首を横に振った。
「いえ……僕も、今日……というかついさっき知ったばかりです」
「そうですか……」
「……あのぅ、ちょっと訊いてもいいですか?」
「何です?」
「教授とマリーってその……なんというか、えーと」
クリスが恐る恐る、言いにくそうに言葉を並べる。
彼の言いたいことは察しがつく。ここまで見られてしまった以上、変に隠しだてしない方がいい。そう思いつつも、アレックスは全く余裕のない自分自身の行動を呪わずにはおれなかった。
「君が思っている通りです。
ただ、このことは誰にも言わないで下さい」
アレックスが言うと、クリスはすぐにうなずいた。
と、同時に疑問が浮かんだ。
マリーは自分に嘘をついたし、アレックスもまた黙っていて欲しいと言う。お互いに好き合っているのに、変な話だなとクリスは思った。
「でも、それならどうして婚約しないんですか?」
黙っていられずに問うと、アレックスは困ったような顔をした。
「いや……色々と込み入った事情があるんですよ」
「そうなんですか、まあ、事情については突っ込みませんけど、早く厄介ごとがなくなるといいな。
マリー、辛そうだし……」
ぼやくようにクリスは言った。
アレックスは、ふと今まで疑問に思いながら聞けなかったことを口にした。
「いい機会だから訊いておきたいのですが、君とマリーとはどんな関係なんです?」
「え? 何でまた急に……前にも言ったとおり…」
「君たちはいつも一緒にいるじゃないですか?
ただの友人で済ませるには妙な気がするんですよ」
アレックスの言葉に、有無を言わせぬものを感じ、クリスは思わず苦笑した。