うわさと本音 1
お互いの告白から五日ほどたった。
あいかわらず、マリーは毎日もやもやしていた。
というのも、あの日以来アレックスが何も言わないからだ。
あの雨の日の出来事が本当にあったのかどうかすら、なんだかわからなくなってしまっている。
しかも、時々ちょっとしたことに気付いて、思考の邪魔をする。
(キスひとつしない……のもやっぱり、婚約が出来ないとかと関係ある、のかな……?)
大切にされている、といえば聞こえはいいのだろう。
けれど、なんとなく不満がくすぶるのだ。
本当に好きなら、こんなふうにならないはずだ。
他のカップルを嫌な程見てきたマリーには、互いが恋人同士という気がまるでしないこの状況に混乱していた。
「……はぁ」
思わず出たため息に、近くにいたクリスが嫌そうに眉をひそめた。
「おいおい、今日何回目だよ?
聞いてる方がうんざりするからやめてくれ……。
待てよ、もしかしたら薬が強すぎたりとか……はないよな?」
「ううん違うの。
ごめんなさいうっとうしくて。
薬の効き目は丁度いいわ、お友達にお礼言っといてね」
「そっか、ならいいけど……あのさマリー、具合悪いならたまには休めよ」
「んー、でも研究してた方が気がまぎれるし」
マリーは金属の粉を秤にかけながら言った。
結局、マリーは痩せ我慢するのをやめ、クリスの友人から薬を貰うことにしていた。
眠れないまま体調を崩すのは良くない、アレックスにも心配をかけてしまう、と思い、はじめてみたのだが、これが意外と良く効いてくれた。
おかげで嫌な夢もみないで、すとんと眠れる。
あまり長く続けるのは良くないと言われてはいる。
だが、気持ちの整理がつくまでだし、と考えて気にしないことにした。
長引いたら長引いたまでのことだ。
「まったくマリーは……」
クリスは呆れたように肩をすくめた。
マリーは彼の言いたいことは分かっていたが、あえて無視して作業を続けた。
すると、ふいに戸が開いて、リサが顔を出した。そういえば、研究内容が違ってしまっているため、あまり話をしていなかったのだ。
マリーは久しぶりに友人の顔を見られたので嬉しくなってすぐに声を掛けた。
「リサ、どうしたの?
もしかしてリサもこっちの研究に回されたとか……」
だが、リサはそんなマリーを困惑した表情で見つめた。
それから言いにくそうに切り出した。
「ねぇマリー、教授とあなたがその……男と女の関係になってるって本当?」
マリーは思わずもっていたさじとビンを落としそうになった。
「ちょ……何で急にそんなこと!」
リサの心配そうな顔に、マリーは背筋が寒くなったような気がした。
まさか……見られていたのだろうか?
「いまね、ちょっとうわさになってるの……寮のあなたの部屋に入っていく教授を見たっ、て。
それで、ほら、色々な憶測が飛びかってて……」
「……そう、なんだ」
マリーはリサの言葉にやっぱり、と思った。
あの日は雨ふりだったにもかかわらず、見ていた人がいたのだ。
それが口伝えに伝わり、うわさになってしまったのだろう。
実のところ、アレックスはあんなふうで、女性のこと対してはあまり積極的ではない。
だが、実際は女生徒や女性研究員たちのあこがれの的になっている。
あの容姿に加え、若さ、教授という地位、研究者としての能力の高さ、実績、そして名門貴族、ハースト家の出であることなど、女性たちが惹かれても仕方のない魅力を持ちすぎるほど持っている。
そんな感じで注目の的であるアレックスが、一女性研究員の部屋を訪ねたとあっては、うわさにならないほうがおかしかった。
「それとね、その教授があなたのこと呼んでる」
リサはちょっと興味がありそうな様子で言った。
マリーは思わず顔をこわばらせてしまった。
なにか言わなくては、と思うのに、のどがかすれてうまく声が出せない。
「……なあ、やっぱり何かあるんじゃないのか?」
クリスが作業の手を止めて訪ねてくる。心配そうな声色だ。リサもうなずいて、
「私もそう思う。
ねぇ、マリー……それは私たちにも言えないことなの?」
と訊ねてきた。
ふたりが本気で心配してくれているのに、何も教えられないのがマリーにはたまらなかった。
「うん、そうなんだ、ごめんね。
いつか話せる時が来たらいいんだけど」
マリーはそう言って、ため息交じりに研究室を出て行った。