寂しさから 2
「完成したわ……ふふん、なかなかの出来よね」
マリーはつぶやいてみて、不意になんともいえない馬鹿らしさに襲われた。
朝日の差し込む研究室。
一応それなりの能力を持っているマリーには、研究に集中するための個室が与えられていた。
壁や床は冷たい石張りで、作りつけの棚には大量の書籍や、一般の人が見てもさっぱり理解できない器具類が所狭しと並べられている。休憩用のソファや、書きもの机の上には、マリーが書き散らした紙が散らばっていた。
天井にはくもの巣がはられており、大きなくもが上の方で静かに休んでいる。
掃除もろくにしていなかったことに、今さらながら思い至ったが、朝日を受けたくもの巣はきらきらしていて綺麗だった。
そして、目の前の一番大きな作業用テーブルには、マリーが作りだした命の宿らない、血の通わない、動くこともない人形が横たわっている。
美術館の彫像や、神話に出てくるような美しい顔立ちと引き締まった肢体。
髪は濃い褐色で、やや波打っている。長いまつ毛に縁取られた目は、明るい金色。マリーより頭一つ分も背が高く、かなり大きい。唇は薄いが、それが妙にセクシーだった。
皮膚も人のように柔らかく、人形のように固くはない。
もちろん、その他色々な部分も細部までしっかりと再現されているが、これは現実には存在しない人物なのだ。なにより、皮膚は死人のように冷たい。
「彼」を動かすには魂が必要となるが、それに成功した人はいない。
そもそも魂をとらえ、人形に宿らせるということ自体が不可能なのだ。
魂には実体がないのだから。
なにしろ、錬金術において最も重要視されているのは「金」の生成であり、至上の物質である「賢者の石」を生みだすことである。
かつては人造人間「ホムンクルス」を生みだすことが重要視されていた時代もあったようだが、現在はそれは不可能なこととして過去の人間のたわ言という扱いになっている。
それら過去の資料を集めて作成した「彼」の出来は素晴らしいものだった。
でも喋らないし、冷たい身体がマリーを抱いてくれるわけでもない。
「後は、どうやって命を吹き込むかよね」
つぶやいてみて、ますます自分が無謀だったのではないか、とマリーは思った。
その時、ドアが軽くノックされた。
「はい、どうぞ」
ドアを開けて入ってきたのは、同じ研究室で助手をしている青年、クリスだった。
金髪でそばかすだらけだが愛嬌のたっぷりある青年で、人をからかうのが好きなところさえなければ皆に愛されるのに、とマリーはひそかに思っていた。
「あれ、マリー今日もいたのか?」
「まあね、昔のひとがやってたことを再現してみてるんだけど……やっぱりうまくいかないわ」
「へぇ、ってうっわなんだこの美形……こんなの現実にいるかよ」
クリスは「彼」を見るなり吹き出した。
「いいじゃない別に、人形なんだもの」
マリーは言って肩をすくめた。
「そりゃあそうだ、だけど本当によく出来てるよな。君さぁ、結婚前だってのに、男の身体ここまで知ってると色々疑いたくもなってくるよ」
クリスは含みのある笑みを浮かべて言う。
マリーは彼を睨んで、
「何か用があったんじゃないの?」
と声を低くして言った。
自分より少し背の低いクリスを見下ろす形となり、マリーはますます自分が可愛くない女だわ、と思って軽く落ち込んだ。
「はは、そうでしたそうでした。
用ってのはね、ついさっき新しい助教授が来たんだ!
これからここにあいさつに来るんだって。
教授より有能だって噂だから、席を追われるんじゃないかってさ、ない髪かきむしってイライラしてる姿が可笑しいんだ!
早めに行って見ないと損だよ!」
クリスはもう可笑しくて仕方ないとばかりに腹を抱え、しまいには大声をあげて笑いだした。目じりにはうっすらと涙まで浮かんでいる。
「あら、それは是非見てみたいわ!」
マリーもその様子を想像したら、顔がにやけてきた。
あの教授、権力をかさに着て言いたい放題だったからいい気味よ!
「助教授のお出迎えもしなくちゃならないし、行きましょ」
「よし!
いいか、笑っちゃだめなんだからな?」
「分かってるわよ」
それでもくすくす笑いが漏れてしまう。
マリーはクリスと共に部屋を出ると、笑を噛み殺しながら研究室へと向かった。