気づき 1
朝日がまばゆく、清浄な色をともなって研究室に差し込んでいる。
アレックスはそんな気持ちのよい空気の中で、器具の手入れをしていた。
少しでも不純物が混ざらないように、定期的に手入れをしなければならない。錬金術に使われる器具は皆繊細なのだ。少しでも怠れば、錬成に失敗してしまうこともある。その時に稀代の錬成が出来ていたら取り返しがつかない。
特に入り組んだ構造をもつガラスの器具は、掃除するにもコツがいるのだ。
「今日は金属を扱う予定だったな……」
つぶやいて、黒板に書かれた内容に目を走らせる。
アレックスにとって、一人でその日のことについて考えを巡らせるこの時間は、とても落ち着く、安らげる数少ないひとときだった。
教授の座にいた邪魔者を追い払って以来、研究員や学生たちにも活気が戻り、毎日が充実していると感じる。
新しく見出した助手のマリーの能力も申し分ない。
彼女に自分の研究を手伝ってもらえれば、アレックスにとっての悲願が達成される日もそう遠くないように思えた。
だが……。
アレックスはふと手を止め、研究室の戸に目をやった。
ここ数日、マリーの様子がいつもと違うことに、アレックスは気付いていた。
顔色も悪いし、目の下にはいつも隈が出来ている。まともにものを食べている姿も、そういえば見ていない。あまり眠れていないようだ。ある日など、酒のにおいをさせていた。
が、彼女の性格からして、昼間から飲んだりはしないだろうから、昨夜飲んだものが残っているに違いなかった。
何か、悩み事でもあるのだろうか?
だとしたら、その力になってやりたい。
彼女は優秀だし、やる気もある。ここで身体を壊したら、なにもかもが潰れかねない。
それはとても惜しいことだとアレックスは思った。
不意に、なぜ自分そっくりの身体など作ったのかと尋ねた時の様子が思い出された。
その時の彼女はとてもかわいらしかった。
思わず口元がほころんだところで、戸が開いた。
一瞬マリーか、と思ったが、入ってきたのはクリスだった。眠たげにあくびをしながら入ってきた彼を見て、アレックスは思わず失笑した。
一方のクリスはアレックスの姿に気づくと、慌てて口をふさいだ。
「すみません、いらっしゃるとは思わなくて」
「いや、気にしなくていいよ。
少しばかりだらしない姿を見たからと言って、いちいち咎めたりするのは変な話だと思うんでね。
ただ、やるべきことまでだらしないのは良くないが……」
アレックスは苦笑気味に言った。
個人的に、目の前の青年には好感が持てる。
所作がだらしなかったり、軽口をたたいたりしていても、決してそれが嫌みではないからだし、何より研究に対する熱意が、アレックスにはとても好もしい。
錬金術はもともとの怪しい印象と、目立った成果が挙げられていないせいで、学問の中ではかなり扱いが低く、人によっては薬学や鉱物学と混同している者すらいる。
だからこそ、有用性を強めるために、優秀な人材はいくらいても良いと思っていた。
そのクリスは、マリーとは仲が良いのか、よく一緒に研究をしている。
最近では自身の研究が手詰まりなのか、よくマリーについてアレックスの研究室へやってくるようになり、彼にも手伝ってもらっているのだ。
今では毎日のように顔を出すため、すっかりなじみの顔となっている。
「そりゃ……そうですね」
クリスはニヤリと笑って見せ、それから今日やることについての確認作業などを始めた。
アレックスはふと、彼ならばマリーの不調について知っているかもしれないと思い、器具を磨く手を止めて訊ねてみた。
「そうだ、君なら分かるかな」
「はい?」
「いや、最近マリーの様子が変だと思うんだよ」
そう言うと、クリスは「ああ……」とうめくような声を出した。
「多分、またいつもの発作みたいなものだと思いますよ。
あれ、でも変だな~。
春はまだまだ先だっていうのに、何かあったかな……?」
クリスは説明しようと口を開いたが、途中でなにやら考え込むようなしぐさをして、首をかしげた。
「発作? 発作ってどんな? 何か病気を持ってるんじゃ……」
アレックスは心配になり、やや身を乗り出して訊ねた。