痛み 4
まるで嵐が過ぎ去ったあとのように、思考がなかなか戻ってこない。
開けっ放しの窓から吹き込む風が、ゆったりとカーテンを揺らしているのを眺める。
その風はひどく冷たくて、身体の芯まで冷やすようだった。
「何だったのよ……もう」
唐突に戻ってきた静けさは、今しがたの言い争いをマリーにまざまざと思い起こせる。
「……俺じゃダメ、か」
額に手を当て、髪をかきあげる。うっすらと汗ばんでいるのが分かった。
マリーは重い身体を起こそうとテーブルに手をかけ、なんとか立ちあがる。それからふらつく足でベッドに向かい、倒れこんだ。
うつ伏せに倒れこんだまま、ぼんやりと考える。
何故、ハウエルズはあんなことを口走ったのだろう?
再び開いてしまった自分の心の傷から目を反らしたくて、ハウエルズのことを考えた。
「……アミーリア、って誰なのよ」
女性の名前であることは間違いない。
もしかしたら、とマリーにある考えが浮かんだ。
それを弄ぶように、さまざまな事を勝手に想像してみた。
もしかしたら、あの身体に入り込んだ悪魔は、かつて人のように人に恋してしまったのかもしれない。悪魔に性別があるのかどうか定かではないが、一応名前や言葉づかいからして男だと思う。「アミーリア」とはその恋した女性の名前なのではないだろうか?
そしてあの様子からすると、彼の思いは叶わなかったのだ。
悪魔であるハウエルズがいつ生まれたかなど分からないが、少なくともマリー達の何倍も生きていて、寿命らしきものがないのだから(悪魔祓いに消されたり天使に消されたりはするかもしれないが)その「アミーリア」という女性はすでにこの世の人ではないだろう。
「そっか、だとしたら、あいつも色々失ってるのね」
言ってみて、マリーは違うなと思った。
そもそものはじめから、マリーはハロルドが好きだったわけではない。恋ではなく、ただ好意だけ抱いていただけだ。友人ですらなかった。
恋は、そんな生易しい感情ではない。
だから、マリーは失ってはいないのだ、まだ……思いを伝えていないのだから。
今になって、ようやく気付いた。
相手がただただ欲しくてたまらない……気持ちを押し殺すのは本当に辛い。この思いを暴走させることはきっとたやすいのだ。けれど、それでは自己満足に過ぎないし、マリーのプライドも許さない。
『女としては失格だよ』
マリーの心をずたずたにした言葉が脳内をまわる。
それでも、アレックスの役に立ちたかった。
言ってしまえば色々と終わる気がした。
だから、殺すのだ、忘れるのだこの痛みを……。
マリーは嘆息してむくり、と起き上がり、そっと酒の瓶に手を伸ばした。