痛み 1
ハウエルズは、ソファでしどけなく横たわる女を見やり、嘆息した。
流石に少し疲れたような気がする。
疲れなどといったものを悪魔が感じることはないが、この虚しさのようなものは恐らく人間に当てはめたら、心が疲れた、ということになるのだろう。
それでも、大体のことは分かった。
この弱みを攻めれば、マリーは堕ちるだろう。
身体を手に入れるもよし、飽きたら魂を食らえばいい。
その頃には、あの強情な娘も調教済みだろうから、たやすく食える。しかし、そうしたとしても恐らく心が浮き立つことがないのは分かっていた。
ハウエルズは、暗い赤色をしたビロードの重苦しいカーテンに手を伸ばした。
柔らかいソファの上に立ちあがり、窓の外を見やる。早朝の少し前くらいのため、まだまばらに人がうろついている。大体は酔っ払いだ。
時々だが、ケンカでもしているのか、罵声が聞こえてくることもある。
横の女はよく寝ている。
彼女はマリーの友人で、既婚者だ。
夫は愛人宅に足しげく通うようになり、息子は乳母にとられ、寂しさから遊び相手を求めて歓楽街にいたところを捕まえた。
甘い言葉を囁いて、悪魔の持つ誘惑の瞳を使ったらあっさり落ちた。
マリーはそこまでしても落ちなかったが、ここまで簡単だとバカバカしくなってくる。
これで何人ものマリーの「友人」が落ちた。
行為に及ぼうと思えば出来たのだが、そこまでしなくてもぺらぺらと過去の友人の秘密をよく喋ってくれたので、秘蔵の香と酒を与えて快楽に酔わせるだけにした。
なんとなく、この借り物の身体を汚すのがためらわれたからだ。
皆、マリーほどの美しい魂は持っていない。魂だけではなく、外見までも、醜い。
不細工というほどでもないが、化粧がたっぷりされていて、心の貧しさから肌荒れしているのがありありと分かるのがなんとも侘しかった。
ハウエルズは、焚きしめた香が逃げないようにそっと窓を開け、まだ夏の暑さがじわり、と残る外へと飛び出した。そのまま屋根に飛び移り、街を一望する。
大学院は比較的大きな建物で、しかも変わった造りをしているためすぐに見つかる。
「さて、後はどう料理しますか」
ニヤリと笑い、ハウエルズは考えた。
正攻法で行こうか、それとも不意に訪ねて驚かせてみようか。
どちらにしても、マリーは終わりだ。
ゆっくりと、この懐の中に落ちてくる姿を思い浮かべ、ハウエルズは嗤った。