寂しさから 1
教会の鐘が鳴る。
マリーは作り笑いを浮かべながら、祝福を惜しみなく送った。
けれども、心の中はちっとも笑っていなかった。いや、むしろその逆だった。
ため息をつきたい気持ちをこらえて、友人の門出を見守るのが今の私の義務なのよ。しっかりしなさいマリー、と自分に言い聞かせて、しばらく苦痛のときが過ぎるのを待つ。
もちろん、すぐになど終わらないのは知っている。
招待客は大体明日の昼くらいまでもてなされるのが慣例だから仕方ないが、研究を言い訳に帰ってやろうか、と何度思ったことか。
空はよく晴れていて、夏の暖かく爽やかな空気が心地よい。
いい日だ。友人の新しい門出にはピッタリだ。
だが、マリーの方はといえば、許婚には別の女と駆け落ちされ、近頃は研究も上手くいかず、教授とも折り合いが悪い。
スケベだった助教授はこの間左遷されたからいいものの、今度来る人物がどんなふうなのかわからない。また似たような奴だったら嫌だな、とマリーは思った。
マリーは決して不細工ではないが、美人と断言できるほどでもない。
鼻の上に散ったそばかすや、高すぎる背、肉づきの良すぎる胸などがそれだ。一番もてはやされる女性の容姿はといえば、細い体つきの、今にも倒れそうな、金髪に白い肌をした少女のようなひと、と決まっている。そう考えると、マリーの姿はだいぶ規格から外れていた。
そのうえ、完全男社会、しかも頭のいい連中ばかりが集まった大学院で、錬金術の研究員をしているともなれば、たいていの男はそれだけで逃げていく。今日も何人かに声をかけられたものの、マリーの肩書きを聞くと、そそくさと逃げ出していってしまった。
ふん、別にいいわよ、と思いながら供されたワインをすする。
マリーは燃えるような赤い髪と、アメジストのようにも見える深い青の瞳をした女性だ。この髪のせいで勝手に気性が荒いと決めつけられ、傷つけられてきた。それでも赤い髪は綺麗だから気にいっている。
パーティは立食形式で、色とりどりのオードブルなどが並び、壮観だ。
このパーティが終われば、これから花婿と花嫁が初夜を迎える。
うんざりしてきて、心の中で悪態をつく。
(私だって、誰かと恋をしたいし、愛し合いたいわよ)
好きで、許婚に捨てられた訳ではない。マリーとは一生気が合わないような、頭の固いキザな男だった。それでもマリーは彼のことを愛そうと努力したのだ。それでも、数ヶ月前に彼は可愛らしい頭の弱い金髪の少女と駆け落ちし、婚約は白紙になった。
そのあと、マリーと縁を組もうという男は現れず、親戚からは、お前が変わらない限り、一生そのままだと言われ続けている。
マリーを思っての忠告なのだ、とわかっていても、傷ついた。
空しさに打ちのめされながら、静かにワインをすすり、密かに思う。誰もが私の側から離れ、逃げていくけれど、やはりひとりは空しくて寂しくて、誰かに側にいて欲しいと思う自分がいる。
それならば、いっそのこと……。
マリーはその思いつきが気にいった。
式の間中ひたすらにそのことばかりを考えつづける。
どうすればいいのかは分かっていた。それが本当は禁忌に触れることも知っていた。
それでも、マリーは寂しかったのだ。
ひそかな決意を胸に、マリーは友人の家となったその館に泊まることを辞した。
両親はまたかと呆れたような顔で送りだしてくれたが、招待客の何人かの口から、いたたまれなくなったのではというささやきがもれるのが聞こえてしまった。
それを聞いて胸は痛んだ。どうせいつものことだと、自分に言い聞かせる。
だからこそ、この痛みを少しでもやわらげられればいい。
マリーは寮の部屋へ帰り、すぐに大学院に向かった。
そしてそれから一カ月あまり、ほとんど寝る間も惜しみ、今まで学んだすべてと自分の理想を詰め込んで「彼」は完成した。