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交換された部分で、快感を知るまでの話  作者: 魔杖


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第六章:快感―自分の身体に触れること

※Pixiv、ハーメルン、ノクターンに投稿しています。

◆静かな実践


 夜。

 郁は、スマートフォンを手に取った。

 画面には、鳥飼の名前が表示されている。


「……何も言わなくていいから、つないでてもらえる?」


 送信したメッセージは、すぐに既読になった。

 少しして、通話の着信が鳴る。

 郁は、静かに応答ボタンを押した。


「……ありがとう」


 鳥飼の声は聞こえない。

 でも、通話はつながっている。

 その沈黙が、郁にはありがたかった。

 バスルームの扉を閉める。

 鍵をかける音が、静かに響いた。

 湯船は張っていない。

 シャワーだけ。

 洗面台の上には、ティッシュの箱。

 郁は、そっと一枚を引き抜いた。

 くるむように、手の中に包む。

 スマートフォンは、棚の上。

 画面には、鳥飼の名前と、通話時間だけが表示されている。


「……触れることは、できる。洗うときは、いつもそうしてる」


 でも、今日は“洗う”だけじゃない。

 “整える”でもない。

 “空にする”ための実践。

 郁は、スラックスを脱ぎ、下着をそっとずらした。

 鏡は見ない。

 見なくても、そこにあることはわかっている。

 ティッシュ越しに、そっと指先を添える。

 触れているのは、自分の身体。

 でも、まだ“借り物”のような感覚が残っている。


「……これで、いいのかな」


 指先が、わずかに動いた。

 反応は、すぐに返ってきた。

 熱が、じんわりと広がる。

 息が、少しだけ漏れる。

 スマートフォンの画面は、静かに光っている。

 鳥飼は、何も言わない。

 でも、そこに“誰かがいる”という感覚が、郁の背中を支えていた。


「……怖くない。今は、ちょっとだけ、安心してる」


 その言葉は、誰にも聞こえない。

 でも、通話の向こうに届いている気がした。

 郁は、そっと息を吐いた。

 身体の中心が、少しずつ熱を帯びていく。

 それは、ただの“反応”だった。

 でも、今は──“自分で扱える”かもしれないと思えた。



◆身体の声


 指先が、ゆっくりと動いた。

 ティッシュ越しの感覚は、柔らかく、曖昧だった。

 でも、身体の奥から、何かが応えてくる。

 熱が、じんわりと広がる。

 息が、少しだけ漏れる。

 郁は、目を閉じた。

 スマートフォンの画面は、棚の上で静かに光っている。

 通話は、まだつながっている。

 鳥飼は、何も言わない。

 でも、“そこにいる”という感覚が、郁の背中を支えていた。

 指先が、もう一度、わずかに動く。

 その瞬間──身体の奥が、ふるえるように応えた。


「……っ」


 声にならない声が、喉の奥で揺れた。

 それは、痛みではなかった。

 怖さでもなかった。

 ただ、強くて、深くて、知らない感覚だった。

 郁は、そっと息を吐いた。

 身体の中心が、震える。

 何かが、抜けていくような感覚。

 熱が、波のように広がって、静かに引いていく。

 ティッシュの中に、重さが残った。

 それは、確かに“出た”という証だった。

 郁は、しばらく動けなかった。

 鏡は見ない。

 でも、身体の中で何かが変わった気がした。


「……これが、快感?」


 誰にも聞こえない声。

 でも、自分の中には、はっきりと響いていた。

 スマートフォンを手に取る。

 通話は、まだ続いている。


「……ありがとう。そこにいてくれて」


 鳥飼の声は、少しだけ揺れていた。


「先生が、無事なら、それでいいです」


 その言葉に、郁はそっと微笑んだ。


「……怖かったけど、できた。ちょっとだけ、わかった気がする」


 それは、“身体の声”に耳を傾けた、初めての夜だった。



◆鳥飼への報告


 翌日の午後。

 研究棟の廊下で、郁は鳥飼を見つけた。

 窓から差し込む光が、彼の髪を柔らかく照らしていた。

 郁は、少しだけ迷ってから、歩み寄った。


「……昨日、やってみた」


 鳥飼は、驚いたように目を見開いた。

 でも、すぐに表情を和らげた。


「……どうでしたか?」


 少しだけ間を置いてから、もう一度。


「……どう感じましたか?」


 郁は、頷いた。


「うん。怖かったけど、できた。

 ちょっとだけ、わかった気がする。

 身体が、ちゃんと応えてくれるってこと」


 鳥飼は、静かに微笑んだ。


「それは、すごく大事なことです。

 身体が“整ってる”ってことでもあるし、

 ちゃんと“自分のもの”になってきてる証拠です」


 郁は、少しだけ目を伏せた。


「……でも、びっくりした。

 出る瞬間、なんか……強くて、深くて、知らない感覚だった」


 鳥飼は、頷いた。


「それが、“快感”です。

 怖く感じることもあるけど、

 それ自体は、悪いものじゃない。

 身体が“ちゃんと働いてる”っていう、自然な反応です」


 郁は、そっと息を吐いた。


「……快感って、もっと……大人のものだと思ってた」


「そう思ってる人、多いです。

 でも、実際には、誰にでもあるものです。

 年齢とか性別とかじゃなくて、

 “身体がどう感じるか”っていう、すごく個人的なことなんです」


 郁は、少しだけ笑った。


「……鳥飼くん、ほんとに先生みたい」


 鳥飼は、照れくさそうに笑った。


「先生に教えてもらってるのは、僕の方ですよ」


 ふたりの間に、静かな空気が流れた。

 それは、羞恥でもなく、緊張でもなく──

 “共有”という名の、安心だった。



◆快感の意味


 旧校舎の準備室。

 窓の外では、夕方の光がゆっくりと傾いていた。

 郁は、椅子に腰を下ろしながら、そっと口を開いた。


「……昨日、出た。ちゃんと、空になったと思う」


 鳥飼は、頷いた。


「それは、よかったです。

 先生が、怖くなかったなら、それが一番です」


 郁は、少しだけ目を伏せた。


「……怖くはなかった。

 でも、びっくりした。

 出る瞬間、なんか……強くて、深くて、知らない感覚だった」


 鳥飼は、静かに微笑んだ。


「それが、“快感”です。

 身体が、ちゃんと応えてくれた証拠です」


 郁は、そっと息を吐いた。


「……あれって、変じゃないの?」


「まったく変じゃないです。

 快感は、身体が“整ってる”っていうサインでもあります。

 それに、誰にでもあるものです。

 年齢とか性別とかじゃなくて、

 “どう感じるか”っていう、すごく個人的なことなんです」


 郁は、少しだけ笑った。


「……快感って、もっと大人のものだと思ってた。

 誰かと一緒にいるときに、起きるものだって」


 鳥飼は、頷いた。


「そう思ってる人、多いです。

 でも、実際には、ひとりでも起きます。

 触れたとき、見たとき、思い出したとき──

 身体が“気持ちいい”って感じる瞬間は、いろんな形で訪れます」


 郁は、静かに目を伏せた。


「……昨日の夜、通話つないでたとき。

 鳥飼くんが、そこにいるって思えたのが、すごく安心だった。

 それで、身体が……ちゃんと動いてくれた気がする」


 鳥飼は、少しだけ頬を赤らめた。


「僕も、先生が“怖くない方法”を選べたなら、それだけで嬉しいです。

 快感って、怖いものじゃない。

 それを、誰かと共有できることも、すごく自然なことです」


 郁は、そっと息を吐いた。


「……共有って、こういうことなんだね」


 ふたりの間に、静かな光が差し込んでいた。

 それは、夕方の光でもあり──

 “快感”という言葉の意味が、少しずつ輪郭を持ち始めた瞬間でもあった。



◆自分の身体


 夜。

 郁は、バスルームの鏡の前に立っていた。

 シャワーを終えたばかりの髪が、まだ少し湿っている。

 タオルで身体を拭きながら、そっと鏡を見つめた。

 そこに映っているのは、見慣れたはずの姿。

 でも、ずっと“借り物”のように感じていた。


「……昨日の夜、ちゃんと出た。

 それだけで、少しだけ、違って見える」


 鏡の中の自分は、何も言わない。

 けれど、表情は──ほんの少しだけ、柔らかかった。

 郁は、そっと手を伸ばした。

 鏡の前で、スラックスの前を整える。

 その動作は、もう何度も繰り返してきたもの。

 でも、今日は違った。

 “整える”のではなく、“触れる”ことができた。

 怖くなかった。

 反応しても、逃げなかった。


「……これが、私の身体」


 その言葉は、まだ完全には馴染まない。

 でも、昨日よりは、少しだけ近づいている気がした。

 鳥飼の言葉が、ふと頭をよぎった。

 快感って、怖いものじゃない。

 それを、誰かと共有できることも、すごく自然なことです。

 郁は、そっと息を吐いた。

 羞恥も、違和感も、まだある。

 でも──“扱える”という感覚が、静かに根を張り始めていた。

 鏡の中の自分に、そっと微笑みかける。

 それは、“借り物”に向けたものではなく──

 “自分の身体”に向けた、静かな挨拶だった。

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