序章:交換―異物との出会い
※Pixiv、ハーメルン、ノクターンに投稿しています。
◆変化の予感と、知らない身体
教壇に立つ女性講師、潮音郁は、いつも通りの授業を始めようとしていた。
だが、その日、彼女の心は落ち着かなかった。身体の中心に、これまで感じたことのない違和感があったのだ。
それは、まるで自分の身体の一部が“誰かのもの”に置き換えられたような感覚。
熱を帯び、脈打つような感覚が、彼女の集中力を奪っていく。
股間に、これまでとは違う“何か”が存在していた。それは、男性が持つべき特徴に似ていたが、彼女にとっては異物でしかなかった。
その部位は、彼女の遠い記憶にある“男児のそれ”とは違っていた。より成熟し、熱を帯び、脈打っていた。
彼女の身体には、男性器に類する構造が形成されていた。だが、異性と交際した時に触れたことがあるはずのそれをどう扱えばよいのか、今の彼女には思い出せなかった。
◆言葉にならない感覚
授業を終えた郁は、空き教室の隅で壁にもたれながら、荒い息を繰り返していた。
身体の中心が、熱い。脈打つような感覚が、まるで自分の意思とは関係なく、勝手に高まっていく。
それが何なのか、どうすれば落ち着くのか──かつてなら、当然のように知っていたはずなのに、今はまるで霧の中だ。
「……なんで、こんなに……苦しいの……?」
自分の手が、自然とカバンの上からその場所を押さえていた。
押すと、少しだけ楽になる気がした。けれど、すぐにまた熱が戻ってくる。
まるで、何かが“求めている”ような感覚。でも、それが何なのか、今の郁にはわからなかった。
そのとき、背後から声がした。
「先生、大丈夫ですか?」
郁はびくりと肩を震わせた。振り返ると、先程の授業に出席していた男子学生が立っていた。
彼の顔は心配そうで、どこか戸惑っているようにも見えた。
「……先生も、もしかして……変わったんですか?」
郁は言葉が出なかった。喉が乾いて、声にならない。
ただ、学生の視線が自分のカバンの位置──つまり、身体の中心に向けられていることだけは、はっきりとわかった。
「僕……たぶん、先生の、そういうことに関する“記憶”を持ってるんです。あと……その、身体の一部も。入れ違っちゃってる、みたいな」
男子学生はそう言いながら、自分の股間に軽く触れた。そこには、男性なら当然あるはずのふくらみはなかった。郁は目を見開いた。まさか、そんなことが──。
「先生が、最初に……その、初めてのときに感じたこととか、全部、僕の頭の中にあるんです。いつで、どこで、誰と……」
郁は、言葉にならない衝撃を受けた。自分の記憶が、彼に渡っている? それは、つまり──自分が知らないはずの“自分”を、彼が知っているということ。少年の口から出た、初めての時期、固有名詞……。決して彼が知るはずもない、確かに郁の交際していたはずのものだった。
◆彼なら知っているのかも
郁は、少年の口から出た名前に、思わず息を呑んだ。
確かに、かつて交際していた相手の名前だった。誰にも話していない、納得づくで別れた、ほんの短い思い出。
「……どうして、それを……」
声が震えた。
でも、驚きよりも先に、身体の中心がじわりと熱を帯びていくのを感じた。
まるで、恥ずかしい秘密を暴かれたような気分だった。
彼は、静かに言葉を続けた。
「たぶん、先生の……それは、元々僕のものだったと思うんです。そして、今の僕には、先生の……そういうことの記憶がある。だから、先生が今、どうしてそんなふうになってるのかは……わかる気がします」
郁は、思わずカバンを強く抱きしめた。
その下にある“異物”が、まるで自分の感情に反応するように、じんわりと主張してくる。
「……そんなこと、言われても……」
言葉にならない。
恥ずかしさが、じわじわと胸の奥から込み上げてくる。
自分の身体が、勝手に“何か”を感じている。
それが何なのか、どうすればいいのか──わからない。
でも、少年の言葉が本当なら、この“変な感覚”も、彼なら知っているのかもしれない。
郁は、そっと目を伏せた。
顔が熱い。
身体も、熱い。
そして、何より──この状況が、どうしようもなく恥ずかしかった。




