校正者のざれごと――人の「死」の描き方
私は、フリーランスの校正者をしている。
「この『チェンソーマン レゼ編』って、おもしろいのかな」
昨年の大みそか、NHK紅白歌合戦を見ながら、下の子に聞いてみた。「校正者のざれごと――ピー音による自主規制と『ムカエニキテ』」で取り上げた、米津玄師さんの『IRIS OUT』という曲を聴いていたときのことだ。この曲が主題歌になっているアニメも人気らしく、映像などを目する機会も多い。すると、下の子はあきれたように言った。
「『鬼滅の刃』どころか『ONE PIECE』さえ見られないのに、『チェンソーマン』なんて絶対無理に決まってるじゃん」
私は、とにかく血が出るようなシーンが苦手だ。『鬼滅の刃』は、鬼?の首が飛んでいるシーンを見て無理だと思った。『ONE PIECE』も戦闘シーンが多くて、結局挫折した。そんな私には、チェンソーを振りかざして戦う主人公のアニメは確かに無理かもしれない。
数年前、仕事で担当した小説は、かなり残虐なシーンがあるものだった。井戸、割れたガラス、自ら命を絶つ女性……何年たってもその内容を鮮明に覚えているのは、こういったシーンが苦手で、いつまでも頭から離れないから。推理小説やサスペンスでは人の「死」が扱われるのはある意味定番なのかもしれないが、慣れることはたぶんないのだろう。
自分で小説を書くときにも、「死」というのはどう扱えばいいのか悩むことがある。小説で人の死を扱ったことが何度かあるが、思い入れのある登場人物の死を描くことは、非常に苦痛だった。でも、話の流れから、避けて通れないこともある。
できれば、直接的に「死」という言葉を使わずに表現したい。それでいて、悲しみや切なさが伝わるような表現。そんなことを考えているうちに思い出したのが、この曲だった。
もう会えない 彼女の最後の旅 サイレンに送られて遠ざかる
誰かが言った あまり美人じゃないと ハンカチをかけられた白い顔を
松任谷由実さんの『ツバメのように』の歌い出しだ。これは、高いビルから飛び降りた女性を他者の目線から見た歌だ。彼女の楽曲には、このような自殺を扱った曲がいくつかある。そして次の曲は、自ら命を絶とうとする人の目線で書かれている。
白い眠りぐすり 冷たい水が運ばれてくる 似てる苦しみ持つ人は 行く先を聞かない(中略)
やがて私は着く 全てが見える明るい場所へ けれどそこは朝ではなく 白夜の荒野です
『コンパートメント』という曲だ。死後の世界を知ることはできないが、ユーミンはそれを「白夜の荒野」であると歌った。現実に苦しみ抜いて自ら死を選ぶとき、人はこんな心境になるのだろうか。思春期のころ、こういった曲ばかりを聞いていた時期があって、そのなかでも特に心を揺さぶられた曲だった。さらに、もうひとつ。
僕はどこへゆくの夢を泳ぎ出て 夢を見ない国をたずねて
いま 誰もいない夜の海を 砂の船がゆく
中島みゆきさんの『砂の船』。夢を見ない国へ、砂の船に乗って海へ漕ぎ出す。頭上にある月が、波を照らし幾千も揺れている。明確に「死」をテーマにしているわけではないかもしれないが、何とも物悲しい風景が浮かび、彼女の独特な声とともに胸を打つ。
さて、ここまで好き勝手に書いてきたが、テーマがテーマだけにちょっと重いな。もう少し、違ったかたちで「死」を扱った表現はないか。
「どうも私たちのまわりは(中略)いつも死でいっぱいね。私の両親、おじいちゃん、おばあちゃん……雄一を産んだお母さん、その上えり子さんなんて、すごいね。宇宙広しといえどもこんな2人はいないわね。私たちが仲がいいのは偶然としたらすごいわね。……死ぬわ、死ぬわ。」 吉本ばなな『満月――キッチン2』より
雄一が唯一の身内を失ったあとのシーンだ。あっけらかんとした会話が続き、突然、彼は涙する。耐えられないほどの深い悲しみのなかにいるとき、こんなふうに冗談を言ってやり過ごしてしまいたい。そんな登場人物の心情が、読む者の心に刺さってしまう。
残虐なシーンが出てくるものが苦手、と書いたが、昔からずっとそうだったわけではない。ジョディ・フォスターが好きだったので『羊たちの沈黙』という映画も観た。 彼女の役は、女性を誘拐し、皮を剝いで殺害する連続殺人事件の捜査を任命されたFBI訓練生。これだけで十分怖い。今であれば間違いなくR18+だろう。ちなみに映画のレイティングシステムは日本では1998年5月に始まり、2009年5月より現在のかたちになった。Gは誰でも閲覧可能、PG12は保護者の助言・指導(同伴ではない)が必要、R15+、R18+はそれぞれ15歳以上、18歳以上閲覧可能。『羊たちの沈黙』の日本での公開は1991年6月で、日本でのレイティングは不明(アメリカではPG12だったそうだ。え、本当に?)。
ちなみに『チェンソーマン レゼ編』はPG12で、『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』と同じだそうだ。でも、観た人の感想では、前出のほうが内容としてはハードだという。そろそろ年末進行も終わったので映画でも……すると友人からは『栄光のバックホーム』(G)を勧められた。でも、これは別の意味で観られる気がしない。涙腺が崩壊しそう。ここはやっぱり『国宝』(PG12)か。みなさん、「国宝(観た)」?




