儚い震え
都心の片隅、灰色のコンクリートに囲まれた精神科病院の無機質な一室。空気は消毒液の匂いで満たされ、蛍光灯の光が白い壁に冷たく跳ね返る。ストレッチャーの上で横たわる男、佐藤和彦の顔は、まるで生きていることの重さに耐えかねたように、虚ろだった。看護師の手は無駄のない動きで彼の頭に電極を貼り付ける。その動作は機械的で、しかしどこか儀式的だ。まるでこの部屋が、人の心の壊れやすさを祀る神殿であるかのように。
「準備、整いました」
看護師の声は淡々と響く。和彦の腕に刺さった針から、白濁した麻酔薬が静脈を這う。恐怖も痛みも、すべてが遠ざかる。意識の淵で、彼は思う。なぜ、自分はここにいるのだろう。いつから、生きることはこんなにも脆いものになったのだろう。
筋弛緩剤が投与され、和彦の体は力を失う。だが、片足だけは例外だ。そこには太いバンドが巻かれ、血流を遮る。筋弛緩剤はそこには届かない。電気を流したとき、足だけがけいれんし、施術が正しく行われていることを示す。人間の体はかくも精巧で、かくも脆弱だ。科学はそれを制御し、時には救おうとするが、壊れた心までは修復できない。
「いきます」
医師の声が落ちる。瞬間、電気が和彦の脳を貫く。片足が跳ね上がり、まるで命そのものが抗うように震える。7秒、8秒。短い時間の中で、彼の記憶が断片となって浮かぶ。母の笑顔、かつて愛した女性の背中、夜の街を歩いた孤独な足音。すべてが遠く、霞むように消えていく。けいれんが止むと、彼の体は再び静寂に沈む。だが、その瞳の奥には、依然として何か儚いものが揺れている。
和彦は目を覚ます。部屋は変わらず白く、冷たい。看護師がバンドを外し、ストレッチャーを動かす音が響く。彼は天井を見つめながら思う。自分は救われたのか、それとも、ただ壊れた一部を麻痺させただけなのか。心の脆さは、電流で焼き切れるものではない。生きることは、壊れ続けることと同義なのだ。
窓の外、都心の喧騒が遠く聞こえる。ビルの隙間から差し込む夕陽が、和彦の頬に一筋の光を投げる。それはあまりにも儚く、すぐに消えた。




