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なぜか盗賊家業に落とされた  作者: 空想するブタ
第3部:王都バラバラ殺人事件
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第5章 パート2:死体馬車事件

王都南門が、もっとも静かになる時間帯がある。

夜明け前――空がまだ藍色のまま、

昼と夜の境目が曖昧な時間。


その静寂を破ったのは、

門番の一人が上げた短い声だった。


「……止まれ」


門の前にいたのは、

古びた幌付きの馬車だった。

車輪は泥に汚れ、

御者台に座る男は、必要以上に背筋を伸ばしている。


「検閲だ。荷を見せろ」


王都では最近、検閲が厳しくなっていた。

盗品や密輸を防ぐため――

建前はそうだが、

実際には“何かが起きる前触れ”として、

騎士団上層部が動いているという噂もあった。


御者の男は、

一瞬だけ言葉に詰まった。


「……生鮮品です。急いでまして」


「急ぐ理由は聞いてない。開けろ」


門番の声は低く、逃げ道を与えない。


男は震える手で幌を外した。


その瞬間、

空気が変わった。


鼻を刺す、

生温い鉄の匂い。


「――っ!」


幌の下にあったのは、

箱ではなかった。


無造作に積まれた、

人の手。

人の足。

胴体の一部。


切断面は鋭く、

布で包まれているものもあれば、

剥き出しのものもある。


「……なんだ、これは」


門番の一人が呟いた声は、

恐怖でかすれていた。


御者の男は、

その場に崩れ落ちた。


「ち、違う……! 俺は知らない!」


涙と鼻水を垂らしながら、

男は何度も首を振る。


「依頼品なんだ! 中身なんて聞いてない!

 運べって言われただけで……!」


その叫びは、

夜明け前の門に虚しく響いた。


騎士団の動きは、異常なほど早かった。


南門は即座に封鎖され、

馬車と遺体は布で覆われ、

周囲にいた者全員が足止めを受けた。


「王都内に運び込まれる直前だった……?」


報告を受けた騎士団副長は、

唇を噛みしめる。


「切断の仕方は?」


「素人ではありません。

 関節部を正確に避け、

 保存を意識した処理です」


「……解体屋か」


その言葉が、

誰の口にも出されぬまま、

その場に落ちた。


事件は、瞬く間に王都全域へ広がった。


南門で“死体を積んだ馬車が止められた”。

それだけで、十分すぎるほどだった。


酒場では囁き声が増え、

市場では客足が遠のく。


「聞いたか? 死体を売り買いしてる連中がいるらしい」


「密売だよ。金になるらしいぞ、身体は」


「魔術の材料にするんだとさ……」


噂は、

尾ひれをつけて増殖していく。


誰が言い出したのかは、もうわからない。

だが一つだけ確かなのは、

人々が“夜”を恐れ始めたことだった。


日が落ちると、

通りは急に静かになる。


店は早仕舞いし、

灯りは減り、

人影は家路を急ぐ。


「最近、夜道は危ないからね」


それが、合言葉のように交わされる。


そして、

まるで噂を裏付けるかのように、

事件は続いた。


辻斬り。


王都東区、

裏路地で倒れていた男。


致命傷は首元。

だが――


「……欠損があります」


報告を聞いた騎士団員の声は、

明らかに沈んでいた。


「左腕の一部が、切り取られています」


数日後、

今度は南区。


帰宅途中の女性が襲われ、

命は助からなかった。


同じだった。

遺体の一部が、

“持ち去られていた”。


切断面は、

乱暴ではない。


むしろ、

“慣れている”。


「偶然じゃないな」


「目的がある」


騎士団内部でも、

そうした声が上がり始める。


だが、

犯人像はまるで浮かばない。


盗賊ではない。

快楽殺人でもない。


――奪うものが、金でも命でもなく、

“肉体の一部”なのだから。


リョウがこの話を知ったのは、

工房に材料を買いに行った帰りだった。


露店の主人が、

声を潜めて言う。


「最近、物騒でね。

 夜は閉めることにしたよ」


「辻斬りの件ですか」


「ああ……身体を持っていくって話だ。

 何に使うんだか」


その言葉が、

胸の奥で鈍く響く。


――身体を、使う。


脳裏に浮かぶのは、

標本瓶の列。


“鮮度が重要”。


エルネアの声が、

嫌なほど鮮明に蘇る。


「……まさか」


リョウは首を振る。


疑う理由は、ない。

証拠も、ない。


それでも、

王都の空気は、確実に変わっていた。


平穏は、

ひび割れ始めている。


そしてその亀裂の奥で、

何者かが、

静かに肉を切り分けている――

そんな想像が、

頭から離れなかった。



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