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なぜか盗賊家業に落とされた  作者: 空想するブタ
第3部:王都バラバラ殺人事件
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第4章 パート5:小さな歪みの予兆

ある日の夜更け。


リョウの部屋には、低く安定した魔力灯の明かりが残っていた。

机の上には未完成の設計図、分解途中の魔道具、乾ききらないインクの匂い。

いつもと変わらないはずの光景だ。


ただひとつ違うのは――

作業机の隅に、少女が一人、寝転んでいることだった。


「……ん」


フユコは半身を起こし、リンゴをかじる。

しゃくり、という小さな音が、やけに部屋に響いた。


「……それ、いつのだ」


「昼に買ったやつ」


「皮、剥け」


「めんどい」


即答だった。


彼女は机の脚に背中を預け、膝を立てている。

その姿は、どこにでもいる年相応の少女そのものだった。


――そう見えるだけに、余計に胸がざわつく。


リョウは設計図に視線を落としたまま、ふと手を止める。


昼間、フユコは何をしていた?

市場で買い食いをして、

屋台を冷やかし、

軽口を叩いて笑っていた。


そして夜になると――

墓を掘っていた。


その事実が、どうしても頭から離れなかった。


「……」


フユコはリンゴをかじりながら、ちらりとリョウを見る。


「なに?」


「いや……」


言いかけて、やめた。


問い詰める気はない。

今夜はもう、十分だった。


フユコはリンゴの芯をかじり終えると、

机の上に転がっていた布切れで口を拭き、再びごろりと寝転ぶ。


「ここ、落ち着く」


「そうか」


「作業してる音、静かだから」


彼女は目を閉じたまま言う。


「盗賊の寝床って、もっとうるさいんだよ。

 誰かが寝返り打つたびに、起きなきゃいけないし」


その声は淡々としているが、

そこに含まれる過去の重みは、決して軽くない。


リョウは工具を置き、背もたれに寄りかかる。


「……怖くないのか」


「なにが?」


「……墓」


一瞬、沈黙が落ちた。


フユコは目を開け、天井を見る。


「怖いよ」


あっさりとした答えだった。


「最初は特に」


「……じゃあ、なんで」


「慣れるから」


その言葉が、刃のように胸に刺さる。


慣れる。

それは、生きるための知恵であり、

同時に、人が壊れていく兆しでもある。


「……お前は、強いな」


リョウがぽつりと言う。


フユコは少し考えてから、鼻で笑った。


「違うよ」


「?」


「弱いから、やってるだけ」


それ以上、彼女は何も言わなかった。


魔力灯の明かりが、ふっと揺れる。


リョウは立ち上がり、灯りの調整具を回した。


「もう寝ろ」


「はーい」


返事は軽いが、

布の上に体を丸める動きは、素直だった。


リョウはランプの前に立ち、

最後に部屋を見渡す。


設計図。

魔道具。

そして、眠る少女。


――守れるだろうか。


自分に、そんな資格があるのか。


ランプを吹き消す。


部屋は闇に沈むが、

窓から差し込む月光が、ぼんやりと輪郭を浮かび上がらせる。


「……あの子は、俺よりも強いのかもしれない」


思わず、苦い笑みがこぼれた。


元盗賊だった自分。

血と影の世界から逃げるように、

ここまで来た。


だがフユコは、その世界を――

必要とあらば、ためらいなく掘り返している。


静かな寝息が聞こえる。


眠っている間だけは、

彼女はただの少女だ。


リョウは布団代わりの毛布を引き寄せ、

そっと彼女にかける。


「……おやすみ」


返事はない。


そのまま、リョウも横になるが、

眠りはなかなか訪れなかった。


王都の夜は、静かだ。


遠くで鐘が鳴り、

巡回の衛兵の足音が規則正しく響く。


平和そのものの音。


――だが、その地下では。


誰にも知られぬ場所で、

今日もまた、土が掘り返されている。


名もなき墓。

名もなき死体。


それらが、誰かの「研究」のために運ばれていく。


リョウは目を閉じながら、

胸の奥に広がる、言葉にならない不安を噛みしめていた。


これは、まだ小さな歪みだ。


だが歪みは、

必ずどこかで、大きな亀裂へと変わる。


その予感だけが、

この静かな夜に、確かに存在していた。


王都は眠っている。


そして――

その眠りの下で、罪は静かに増殖し続けていた。

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