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なぜか盗賊家業に落とされた  作者: 空想するブタ
第3部:王都バラバラ殺人事件
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第4章 パート3:罪と生活の境界線

その日の夜、リョウはほとんど眠れなかった。


ランプの火を落としても、瞼を閉じるたびにフユコの言葉が蘇る。


――生きるために、やれることをやってるだけだよ。


布団の中で、天井を見つめる。

粗末な木の梁が、ぼんやりと闇に浮かんでいる。


「……くそ」


小さく吐き捨てる。


フユコを責めることは、できなかった。

声を荒げ、掴みかかりそうになった自分を思い出し、歯を食いしばる。


――責める資格なんて、ない。


彼女を王都へ誘ったのは、自分だ。

「ここなら仕事もある」「危ないことをしなくて済む」

そう言って連れてきた。


盗賊崩れの彼女に、まっとうな生き方を教えたつもりだった。

だがそれは、言葉だけだったのではないか。


実際に彼女の生活を支えられていたかと問われれば、答えは否だ。


仕事はあった。

だが賃金は安く、住む場所も不安定で、明日を保証するものではなかった。


――だから、墓を掘った。


彼女には善悪の区別がないのだ。

リョウは自分の事で手一杯で彼女の心の機微を見ていなかったのだ。

その事実が、胸を締め付ける。


「……俺は」


思わず声が漏れる。


「俺は、何をしてた」


過去の自分が、嫌でも脳裏に浮かぶ。


盗賊だった頃。

夜道に潜み、油断した旅人を襲い、金を奪った。


あの頃も、言い訳は同じだった。


生きるためだ。

食うためだ。

他に方法がなかった。


本当に、なかったのか?


その問いに、当時の自分は答えなかった。

答えられなかった。


そして今――

同じ言葉を、フユコが口にしている。


「……やれることを、やってるだけ」


それは、あまりにも正しい。

そして、あまりにも残酷だった。


フユコは十五歳だ。


この世界では、もう立派な大人とされる年齢。

契約もできるし、仕事もできるし、責任も負わされる。


それでもリョウの目には、どうしても“子供”に見えてしまう。


痩せた肩。

少し生意気な笑顔。

夜になると、無意識に丸くなる寝相。


――守るべき存在だ。


そんな感情が、理屈を追い越して胸を占める。


「……甘いんだよな」


自嘲気味に呟く。


この世界では、甘さは命取りになる。

それは、誰よりも自分が知っているはずなのに。


ランプを再び灯し、机に向かう。


設計図が広げっぱなしになっている。

魔道具の改良案。

冷却魔法を効率化するための術式配置。


線をなぞりながら、考える。


――俺は、技術を持っている。


異世界から来た知識。

魔道具の構造を理解する頭。

最近は、ようやく魔力も確認できるようになってきた。


だが、それを“生活”に変換する力が、足りなかった。


だからフユコは、自分で道を探した。

たとえそれが、墓を掘ることだったとしても。


「……くそっ」


机を軽く叩く。


彼女が悪いわけじゃない。

そう思えば思うほど、責められない。


そして同時に、許してしまいそうになる自分が、怖い。


――これが境界線だ。


罪と生活の、境界線。


越えてはいけない線だと、頭ではわかっている。

だが生きるために、人は簡単にそれを踏み越える。


自分がそうだったように。


「……一人でなんて、歩かせるわけにはいかない」


それだけは、はっきりしていた。


フユコの言葉が、再び胸に響く。


――誰も困らないでしょ?


その言葉が、何よりも危険だった。


「誰も困らない」

そう思えた瞬間、人はどこまでも堕ちていける。


死体は声を上げない。

墓は訴えない。

だから、問題ない。


――本当に、そうか?


ランプの光が、机の上の設計図を照らす。


リョウは深く息を吸い、吐いた。


「……俺が、間違ってた」


小さな声で、そう認める。


彼女を王都へ連れてきた。

だが、守る覚悟が足りなかった。


自立を促すことと、突き放すことは違う。

自由を与えることと、責任を放棄することも違う。


「……今度こそ」


椅子から立ち上がり、窓を開ける。


夜の王都は静かだ。

遠くで衛兵の足音が響き、風が街路樹を揺らす。


その平穏の裏で、墓が掘り返されている。


少女が、罪を運んでいる。


「……止める」


誰に言うでもなく、呟く。


自分に向けた誓いだった。


フユコを責めない。

だが、続けさせもしない。


そのために、自分がやるべきことは一つしかない。


――生活を、守る。


罪に手を伸ばさなくても、生きていける場所を作る。


それができなければ、

自分はまた、過去の自分に戻るだけだ。


ランプを消し、再び布団に入る。


眠りは、まだ遠い。


だが胸の奥に、ひとつだけ確かな決意が灯っていた。


この夜を境に、

リョウは“見ないふり”をやめることになる。


それが、

さらに大きな歪みへと繋がっていくことを――

この時の彼は、まだ知らなかった。

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