第4章 パート2:フユコの変化とリョウの疑念
王都の昼下がりは、いつも騒がしい。
露店の呼び声、馬車の軋む音、パンの焼ける匂い。
石畳の通りを歩くだけで、耳も鼻も忙しくなる。
そんな喧騒の中を、リョウは工具袋を肩にかけて歩いていた。
「……また壊れてるってさ」
魔道具修理の依頼を終えた帰りだ。
報酬は少ないが、安定はしている。
少なくとも、盗賊だった頃のように命を張る仕事ではない。
――そのはずだった。
「リョウー!」
背後から、やけに元気な声が飛んでくる。
振り返ると、フユコが手を振っていた。
両手には、紙袋と串と包み紙。
どう見ても食べ物だらけである。
「……お前、また買い食いか?」
「えへへ。今日は安かったんだよ」
そう言って、串に刺さった肉をひと口。
じゅわっと脂がはねる。
「ほら、食べる?」
「いらん。昼はもう食った」
「そっか。じゃあ私が食べる」
遠慮の欠片もない。
リョウは歩きながら、横目で彼女を観察した。
以前のフユコは、こんなふうに無駄遣いはしなかった。
王都に来たばかりの頃は、銅貨一枚を握りしめて露店の前で立ち止まり、結局何も買わずに去るような子だった。
それが今はどうだ。
焼き肉串。
果物を練り込んだ甘い菓子。
さらに紙袋の中からは、白い蒸しパンのようなものまで覗いている。
「……金、どうした」
リョウは歩調を緩めず、低く言った。
フユコは一瞬だけ、視線を逸らした。
「……別に」
「別に、で済む額じゃねぇだろ」
「うーん……」
彼女は歯切れ悪く笑い、頬を掻いた。
「ちゃんと働いてるし?」
「働いてるって、お前……最近そんな仕事してたか?」
フユコは一拍置いた。
その沈黙が、リョウの胸をざわつかせる。
「……ねえ、リョウ」
彼女は急に立ち止まった。
「王都ってさ、いいよね」
「は?」
「仕事あるし、食べ物あるし、寝るとこあるし」
笑顔だが、どこか作ったような声。
「生きるの、楽だよ」
その言葉に、リョウは思わず眉をひそめた。
「……お前、何か隠してるだろ」
フユコは少しだけ視線を伏せる。
通りを行き交う人々の声が、急に遠くなった気がした。
「……墓、掘ったの」
一瞬、意味が理解できなかった。
「……は?」
「だから。墓」
彼女は指で、地面を指す仕草をした。
「死体、掘り出した。エルネアの助手の人に渡してる」
世界が、ほんの一拍遅れて音を立てて崩れた。
「……は?」
声がひっくり返る。
「お、お前、何言って――」
「本当だよ。ちゃんとした仕事。報酬も出る」
「報酬……?」
「金貨、もらえる」
その言い方はあまりにも淡々としていた。
まるで、薪を運んだとか、皿を洗ったとか、そんな日常の延長のように。
「……ふざけるな」
喉の奥がひりついた。
「墓荒らしだぞ。それ」
「うん」
「犯罪だ」
「?犯罪じゃないよ…」
「…死体だぞ! 人が死んで……」
「生きてたら大変でしょ?」
あまりに軽い返答に、言葉を失う。
フユコは首をかしげた。
「生きてる人を殺してるわけじゃないよ。もう終わった人」
その言い方が、あまりにも冷たくて。
リョウは思わず腕を掴んだ。
「……やめろ」
「痛い」
「そんなこと、するな」
彼女は少し困った顔をして、視線を逸らす。
「でもさ……」
声が、ほんの少しだけ揺れた。
「お金、いるじゃん」
リョウは何も言えなかった。
彼女の頭に浮かぶのは、粗末な宿で寒さに震えていた夜。
空腹で眠れなかった日々。
「生きるためにやってるだけだよ」
その言葉は、刃物より鋭かった。
――それは、かつての自分の言葉だった。
盗賊だった頃。
奪わなければ、生きられなかった頃。
「……誰がやらせてる」
「エルネアの助手。ハービーって人」
その名前を聞いた瞬間、リョウの背筋に冷たいものが走る。
エルネア。
あの、治癒魔法の研究者。
墓荒らし。
頭の中で、点と点が不吉な線を描き始める。
「……他にも、やってるのか」
「何回か。もう慣れた」
「慣れるな!」
思わず声を荒げてしまい、通行人がちらりとこちらを見る。
フユコは肩をすくめた。
「リョウ、怒らないでよ。私、ちゃんと生きてるだけ」
その言葉が、胸に突き刺さる。
正しい。
彼女は生きるためにやっている。
でも――。
王都の喧騒は変わらず続いているのに、二人の周囲だけが静まり返ったようだった。
フユコは最後に、もう一度だけ肉串をかじった。
「ねえ、リョウ」
「なんだ」
「私さ……悪いこと、してる?」
リョウは答えられなかった。
代わりに、遠くで鳴る鐘の音が、ゆっくりと午後を刻んでいた。
その音は、まるで――
これから覚悟を決めるリョウの心根を表している様だった。




