第4章 パート1:静寂の墓地にて
王都の外れ、古い街道を抜けた先に広がる共同墓地は、月明かりの下でもなお暗かった。
灯りと呼べるものはなく、空に浮かぶ半月が雲の切れ間から淡く光を落としているだけだ。
風が吹くたび、墓標の影が歪み、まるで地面そのものがうごめいているように見える。
その中心に、四つの影があった。
「……時間、合ってるね」
低く囁いたのはフユコだった。
腰に巻いた古い布袋の中には、金属音を立てないよう布で包まれた工具が収まっている。
彼女の視線の先には、並んだ墓標の列。
どれも新しい土の色をしている。
「ここでいいと思う」
そう答えたのは、フードを深く被った青年――ハービーだ。
彼の後ろには、顔立ちの似た二人の男が控えている。エルネアの研究室で雑用をしている助手たちだ。
「記録によると、2日前に埋葬。死因は流行り病。
腐敗は進んでいないはずだ」
淡々とした声。
感情が排されているのが、かえって不気味だった。
フユコは墓標の文字を指でなぞる。
「……名前、あるんだな」
「当たり前だろう。人間なんだから」
ハービーは即座に返すが、そこに敬意はなかった。
事実を述べているだけだ。
「始めよう。長居は無用だ」
四人は無言で散開した。
フユコは腰を落とし、土に指を差し込む。
柔らかい。まだ雨の湿り気が残っている。
――浅い。
王都の庶民墓地は、場所を節約するため深く掘られない。
棺を横たえ、土を被せ、簡単な石を置くだけ。
死者は地中深く眠ることも許されない。
彼女は手際よく、音を立てないよう土を掘り進めた。
シャベルは使わない。
金属音は遠くまで響く。
指先と小さな木製のヘラだけで、土を掻き出していく。
やがて、鈍い感触が伝わった。
「……来た」
布越しに、棺の天板。
フユコは一瞬、呼吸を止める。
この下に、つい数日前まで生きていた人間がいる。
だが、彼女の心は揺れない。
揺れている暇はない。
「釘、三本。右、左、中央」
ハービーが低く指示を出す。
フユコは細い工具を取り出し、釘の頭に差し込む。
梃子の原理で、ゆっくり、静かに。
――ギ…、ギ…
わずかな軋み。
全員が一瞬、動きを止める。
耳を澄ます。
風の音だけだ。
作業を再開。
釘が抜けるたび、心臓が一つ跳ねる。
三本目が外れた瞬間、棺の蓋がわずかに浮いた。
「……開ける」
フユコが囁く。
ハービーは無言で頷いた。
蓋がずらされると、ひんやりとした空気が立ち上る。
死の匂い――腐敗の手前の、生と死の境目の匂い。
中には、白布を被せられた遺体が横たわっていた。
痩せた老人。
顔は穏やかで、まるで眠っているようにも見える。
「……」
一瞬、誰も動かない。
フユコは唇を引き結び、布を丁寧に巻き取った。
腐臭はない。
皮膚もまだ弾力を保っている。
「……使える」
ハービーの声は、どこまでも冷静だった。
フユコは麻袋を広げ、遺体の下に滑り込ませる。
持ち上げるとき、思いのほか重かった。
人間の重さ。
生きていた証。
一瞬、腕が震えた。
だが彼女は歯を食いしばり、動作を止めなかった。
「急ごう」
遺体は袋に収められ、口が縛られる。
再び棺を元に戻し、土を被せる。
さっきまでそこにあった“何か”は、もう存在しない。
完璧だった。
作業時間、十五分。
誰にも気づかれていない。
「……帰ろう」
ハービーがそう言った瞬間、
――カサッ。
どこかで、草を踏む音がした。
全員の動きが止まる。
息が詰まる。
月明かりの端、墓標の影が揺れた。
誰かいる。
フユコの喉が鳴った。
だが――
次の瞬間、風が吹き、影は消えた。
ただの獣か、風か。
誰も確信を持てない。
「……行くぞ」
ハービーが低く言い、ほか三人も闇の中へ溶けていった。
残された墓地は、再び静寂を取り戻す。
だがその地の下では、
確かに何かが“失われて”いた。
そしてそれは、
王都の理性を静かに侵食していく――。




