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なぜか盗賊家業に落とされた  作者: 空想するブタ
第3部:王都バラバラ殺人事件
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第3章 パート5:金貨三枚

エルネアは、ためらいなく指を立てた。


 三本。


「報酬は――金貨三枚です」


 その瞬間、リョウの思考は完全に停止した。


「……は?」


 間の抜けた声が喉から漏れる。


 金貨三枚。


 それが意味する数字を、彼の頭は嫌というほど正確に弾き出してしまった。


 ――俺なら60日は生活できる…


 質素な食事を続け、魔道具屋の裏部屋で寝泊まりし、

 無駄遣いを一切しなければ、二か月は生きていける金額。


 それが――

 死体一体の値段。


「……ちょっと待て」


 リョウは、乾いた笑いを浮かべた。


「金貨三枚って……

 それ、冗談じゃないよな?」


「もちろんです」


 エルネアは平然と頷く。


「研究費として計上できますし、

 それだけの価値がある“教材”ですから」


 教材。


 その言葉が、やけに耳に残る。


 リョウは口を開けたまま、しばらく動けなかった。


 ――死体一体で、二か月分の暮らし。


 数字として考えれば、あまりにも割がいい。


 盗賊だった頃ですら、

 これほど“安全に”“確実に”稼げる仕事はなかった。


 危険な護送を襲っても、

 命を懸けて金貨一枚、二枚がせいぜい。


 なのに。


「……倫理を試してるのか?」


 リョウは、思わずそう呟いた。


「え?」


「いや……こっちの話だ」


 彼は視線を逸らし、拳を握る。


 これは罠だ。


 あまりにも分かりやすい。


 貧乏な人間が、

 どこまで踏み込めるかを測るための。


「リョウ」


 エルネアが、静かに呼びかける。


「あなた、今も苦しい生活をしているでしょう?」


 その言葉に、胸がちくりと痛んだ。


 図星だった。


 魔道具修行は楽じゃない。

 報酬は微々たるもので、将来の保証もない。


 夜中まで設計書を書いても、

 それが金になるかどうかは分からない。


「この依頼を一度引き受ければ」


 エルネアは淡々と続ける。


「しばらく生活に余裕ができます。

 研究も進み、

 結果として多くの命が救われる」


 理屈は、完璧だった。


 完璧すぎて、

 だからこそ、気味が悪い。


「……なあ」


 リョウは、低い声で尋ねた。


「それ、

 本当に“法律的に”問題ないのか?」


 すると彼女は、待っていましたと言わんばかりに、

 さらりと付け加えた。


「墓荒らしを罰する法律も、ありませんよ」


「――っ」


 その言葉は、刃のように鋭かった。


 リョウは、思わず息を呑む。


「この国では」


 エルネアは指を組み、説明を始める。


「死者の魂は女神のもとへ還る、という教義が強い。

 肉体の扱いについては、

 意外なほど曖昧なのです」


 彼女は、微笑んだ。


 それはいつもの柔らかな笑顔――

 だが、どこか悪魔的ですらあった。


「盗みでもありません。

 殺しでもありません。

 誰も傷つけていません」


「……」


「ただ、

 すでに終わった命を、

 未来のために使うだけです」


 リョウの背中に、冷たい汗が流れた。


 ああ、ダメだ。


 この笑顔の裏で、

 彼女はもう一線を越えている。


「……俺は」


 リョウは、震える声で言った。


「俺はもう、

 そういう世界から降りたんだ」


 元盗賊として、

 墓を荒らすルートも、

 裏で人を使う方法も、

 頭の中には嫌というほど浮かぶ。


 だが同時に、

 血の匂いと、

 夜に聞いた悲鳴も、

 全部、思い出してしまう。


「金貨三枚でも……」


 彼は、首を横に振った。


「やらない」


 その言葉を聞いても、

 エルネアは驚かなかった。


 むしろ、少しだけ――

 残念そうに目を伏せる。


「そうですか」


 彼女は静かに言った。


「では、無理強いはしません」


 その口調は、あまりにもあっさりしていた。


 ――あっさり、しすぎている。


 リョウは、嫌な予感を拭えなかった。


「ただ」


 エルネアは、扉に手をかけながら、振り返る。


「あなたがやらなくても、

 誰かはやります」


「……」


「金貨三枚は、

 多くの人にとって、

 “人生を変える数字”ですから」


 その言葉を残し、

 彼女は部屋を出ていった。


 リョウは、その場に立ち尽くしたまま、

 動けなかった。


 ――死体一体で、二か月。


 頭の中で、

 その数字が、

 何度も何度も反響する。


「……クソ」


 小さく呟く。


 金貨の重さが、

 いつの間にか、

 彼の胸にのしかかっていた。


 そしてリョウは、まだ知らない。


 この金貨三枚が、

 王都全体を狂わせていく“最初の数字”であることを。

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