第3章 パート4:女神も許す⁉
というわけで――墓荒らしなのです!」
満面の笑みでそう言い放ったエルネアを前に、リョウは一瞬、言葉を失った。
次の瞬間。
「ぶほぉっ!?」
口に含んでいた茶を盛大に噴き出し、椅子ごとひっくり返る。
「ちょ、ちょっと待て待て待て!!
今なんて言った!?」
「ですから、墓荒らしです」
エルネアは灰色の衣の袖を整えながら、まるで
「今日はパンが安いですね」
くらいの調子で繰り返した。
「発音がどうとかじゃねぇ!
内容だ内容!!」
リョウは慌てて起き上がり、頭を押さえる。
「墓荒らしって……あの墓荒らしだよな!?
死者を埋めた墓を掘り返す、あの!?」
「はい」
即答だった。
「罰当たりにも程があるだろ!!」
思わず全力でツッコむ。
だがエルネアは、なぜか不思議そうに首を傾げた。
「そうでしょうか?」
「そうでしょうかじゃない!」
リョウは部屋を行ったり来たりしながら叫ぶ。
「この世界、土葬が主流なのは知ってるよ!?
棺桶ごと埋めるから、確かに理屈の上では――」
言いかけて、嫌なことに気づく。
「……掘り返せば、
確かに“そのままの状態”で出てくるけどさ」
「そうなんです」
エルネアは嬉しそうに頷いた。
「保存状態も良好。
死後経過時間も比較的正確。
研究素材としては理想的です」
「理想的じゃねぇよ!!」
リョウは机を叩いた。
「死者をなんだと思ってるんだ!
研究素材!?
それ以前に、人だぞ!?」
「ええ、人です」
エルネアは真顔で言った。
「だからこそ、構造を正確に理解する必要があるのです」
リョウは頭を抱えた。
――話が、噛み合っていない。
「だいたいなぁ……墓荒らしなんて、
盗賊でも嫌がる仕事だぞ」
元盗賊としての実感だった。
「呪われるとか、祟られるとか、
そういう話以前に、
“人として一線を越える”感覚があるんだ」
「でも」
エルネアは、ここで急に神妙な顔になる。
「女神さまの聖典には、
“墓荒らし禁止”なんて書いてありません」
「そこかよ!!」
即座にツッコミが入る。
「書いてなきゃやっていいって理屈じゃないだろ!!
じゃあ何だ!?
“書いてないからセーフ理論”か!?」
「はい」
即答その二。
「女神さまは“生きている命を救うこと”を最も尊ばれます。
死者については、
“魂はすでに女神のもとにある”と明記されています」
彼女は、聖典の一節をそらんじるように続けた。
「つまり、肉体は――
この世界に残された“殻”に過ぎません」
「その言い方がもう怖ぇんだよ……」
リョウは背筋に寒気を覚えた。
「あなたが死体を調達すれば」
エルネアは一歩近づき、指を立てる。
「回復魔法が発展します。
毒、呪詛、内臓損傷、神経断裂――
これまで治せなかった症例に、対応できるようになります」
「……」
「結果として」
彼女は、胸を張って言った。
「将来の死者を減らせるのです」
リョウは沈黙した。
エルネアは、その沈黙を“聞いている”と解釈したらしい。
「これは善行です」
堂々と、はっきりと。
「女神さまも、きっとお喜びになります」
「……いや」
リョウは、ゆっくりと首を振った。
「それは……
女神さまを、ずいぶん都合よく解釈してないか?」
エルネアは微笑む。
「信仰とは、解釈の積み重ねです」
「危ねぇ宗教論始めるな!」
思わず叫んだ。
「だいたい、誰がやるんだよ!
墓掘るの!
俺か!?
夜な夜なスコップ担いで!?」
「はい」
「即答すんな!」
リョウは天を仰いだ。
――なぜだ。
なぜこんな話になっている。
魔道具の修理をして、
静かに生きていくはずだったのに。
「……俺はやらないぞ」
改めて、はっきり言う。
「盗賊だった過去はある。
でも、もう足を洗ったんだ」
「遺跡探索の時は乗り気だったのに…」
「それは忘れろ!」
「分かっています」
エルネアは、珍しくすぐには食い下がらなかった。
「ですから、無理強いはしません」
「……本当だな?」
「ええ」
にこりと笑う。
「ただ」
その一言で、嫌な予感が走る。
「“やらない”という選択肢と、
“やらざるを得ない状況”は、別物です」
「……は?」
エルネアはにやりと笑みを浮かべた。




