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なぜか盗賊家業に落とされた  作者: 空想するブタ
第3部:王都バラバラ殺人事件
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第3章 パート3:リョウの葛藤

 元盗賊として、“裏の手段”に心当たりがないわけではない。


 それどころか、リョウの頭の中には、具体的な顔や場所、やり方まで浮かんでしまっていた。

 夜の裏路地。

 港の倉庫街。

 金さえ積めば、どんな“依頼”でも請け負っていた連中。


 ――だが。


 今の自分は、そこに戻る人間ではない。


 リョウはぎゅっと拳を握りしめ、ゆっくりと息を吐いた。


「……無理だ」


 低い声だった。


「死体の調達なんて……誰に頼めって言うんだよ」


 それは拒絶だった。

 明確で、揺るぎのない。


 かつての自分なら、

 “危険かどうか”

 “儲かるかどうか”

 それだけで判断していた。


 だが今は違う。


 血にまみれた過去を、もう一度なぞることはできない。

 あの頃の自分を、仲間たちに見せることはできない。


 エルネアは、その言葉を遮らなかった。

 反論も、説得も、すぐにはしない。


 ただ、じっとリョウを見つめている。


「……あなたは裏社会に詳しいから発想が引っ張られ過ぎよ」


 その言い方が、妙に引っかかった。


「じゃあ、なんでだ」


 エルネアは、少しだけ目を伏せた。


「あなたは、“そこから抜け出した人”でしょ」


 夜風が吹き、白衣の裾が揺れる。


「私は、魔法の世界しか知らない。

 理論と構造と、効率の話ばかり」


 彼女は静かに続けた。


「でもあなたは違う。

 奪う側も、奪われる側も、両方を知っている」


 それは、褒め言葉のようでいて、

 どこか残酷な評価だった。


「だから、あなたなら“線を越えない方法”を考えられると思ったのに」


 リョウは思わず、笑いそうになった。


「……買いかぶりすぎだろ」


 線を越えない方法。

 そんなものが本当にあるなら、

 盗賊時代の自分は、あんな生き方をしていない。


「俺はもう、そういう場所には戻らない」


 はっきりと言った。


「命を弄ぶような真似はしない。

 たとえ“救いのため”だとしてもな」


 エルネアは、怒らなかった。

 落胆もしなかった。


 ただ、小さく頷いた。


「……そう言うと思ってた」


 その反応に、リョウは逆に戸惑う。


「だったら、なんでこんな話を――」


「でもね」


 エルネアは、顔を上げた。

 その表情には、曇りも、迷いもなかった。


「あなたが想像しているような“血なまぐさい方法”じゃなくても、

 目的を達する道はあるの」


 胸の奥で、嫌な予感が再び膨らむ。


「この世界では、死は日常よ。

 誰かが亡くなれば、決まった“手順”で処理される」


 言葉の選び方が、あまりにも冷静だった。


「その過程の中に、ほんの少し“ずらせる部分”があるだけ」


 リョウは、はっとする。


 彼女はまだ、

 “何をするのか”を言っていない。


 だが、

 “どこに目を向けているのか”は、十分すぎるほど伝わってきた。


「女神さまはね」


 エルネアは、にこやかに微笑んだ。


「“それ”を禁じてはいないわ」


 その笑顔は、

 王都で人々が崇める“聖女”のものと、何一つ変わらない。


 けれどリョウには、

 その奥にある“別の顔”が、はっきりと見えてしまった。


「すぐに答えを出さなくていい」


 彼女は、そう付け加える。


「でも……考えてみて。

 あなたが一歩踏み出せば、救われる命が確実に増える」


 それは、

 脅しでも、誘惑でもなかった。


 ただの事実として、

 彼女はそう言っているだけだった。


 リョウは、返事をしなかった。


 夜の静けさの中で、

 自分の心臓の音だけが、やけに大きく響いていた。


 ――彼女は、どこまで行くつもりなのか。


 ――そして、自分は、どこまで付き合ってしまうのか。


 その答えを出す前に、

 すでに歯車は、音もなく回り始めていた。


 


 いつものように涼し気な笑顔の彼女を見て、リョウは強く思った。


 もう二度と、血にまみれた過去には戻らない。


 ――そう誓ったはずなのに。


 この夜を境に、

 彼の足元の地面は、静かに、確実に崩れ始めていた。

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