【終章:王都にて
王都グランフェリア──それは誰もが一度は憧れる栄光と権力の中心地。
街に入った瞬間、石畳の広場には陽光が反射し、黄金の尖塔は空に向かってそびえ立ち、馬車の往来が絶えない城壁都市。
「……すごいな。これが王都か」
リョウは思わずつぶやいた。だがその声にすぐさまクラウスが水を差すように呟いた。
「すごいのは見た目だけだ。中身は──金と地位がなければ、ただの地獄だ」
実際、王都の生活はリョウたちにとって予想以上に厳しかった。
「え、パン一個で銀貨一枚!?」
「宿代、昨日の晩飯三回分!?」
「おい、もしかしてナリスの一族のコネ、使っとけばよかったんじゃ……」
「後ろ盾になってもらってなければ今頃命ない………これ以上は図々しい」
仲間たちは全員頭を抱えた。
「せめて、就職先を見つけないと……」
「わかってるよ、モンブラン。でも、この街……まともに働く場所、あるのかな……」
──◆──
数日間、就職活動を続けた。
「盗賊出身? うちはちょっと……」
「履歴書? ない? 学歴も? 魔法学園卒業してない? 無理ですね」
門前払いの日々。
やがてリョウたちは路上パフォーマンスで日銭を稼ぎ始めた。
クラウスの「剣でバナナ真っ二つ芸」。
エルネアの「ゾンビ漫才ショー」。
モンブランの「モンスター玉乗り」。
リョウは「お玉で石を当てるスナイパー芸」。
「って……こんなんで生きていけるか~!!!……」
「出発時のかっこよさ、返してほしい……」
みんな肩を落としつつも、仕方なく生きるためにやれることをやっていた。
──◆──
そんなある日。
「……あそこ、見てみろ」
リョウがふらりと入り込んだ裏通りの端。風に揺れる古びた木の看板に、こう書かれていた。
《マギア整備工房》
──魔道具整備士見習い募集。住み込み可。食事付き。過去不問。
「罠か?」
恐る恐る扉を叩くと、出てきたのは髭面の老人。
「……お前、なにができる?」
「盗賊やってました。でも今は、魔道具の修理に興味が──」
「盗賊? ふん、手先が器用なら文句はない。壊れたもんを直せる奴は信用できる」
ゲリットと名乗ったその老人は、リョウをあっさりと雇った。
──◆──
住み込みで始まった整備士見習い生活。
魔道具はどれも個性的だった。火を吹くランプ、叫び声をあげる水晶玉、自爆する鍋……。
「爆発する理由がわからないって……どういう仕組みなんだこれ」
「直すか捨てるかだ。選べ」
そんなゲリットの無茶ぶりにも、リョウは食らいついた。
盗賊時代に培った手先の器用さと観察眼。危険物の扱い方、罠の構造理解──それらは見事に魔道具修理と合致していた。
「……まあまあの出来だね」
リョウはその言葉にやりがいを感じた。
──◆──
一方、仲間たちもそれぞれの生活を始めていた。
クラウスは町の警備員兼、剣士の臨時講師。 エルネアは治癒魔法を教える施療院の補助と、夜はこっそり死霊術研究。 モンブランは獣医助手。
「貧乏だけど、充実してる……ような、してないような」
「家賃払ったら今月のモンスターおやつ代が……」
「またモンスターのせい?」
──◆──
ある夜。
リョウは工房の屋根の上で空を見上げていた。
──この王都で、やっと“普通の暮らし”ができている。
けれど、心のどこかで思ってしまう。
(盗賊だった頃のスキル、使わずに済めばいいけど……)
(でも──もし誰かが困っていて、俺にしか助けられないなら……)
(──使うしかない、か)
──◆──
そんなある日。
クラウスの元に一通の手紙が届く。
「差出人は……ダリウス・ヴァルモンド? あの貴族の……」
中には短い文。
『あの時の子が行方不明に。助けてくれ。ヴァルモンド家の秘密が絡んでいる』
「……面倒ごとの匂いがするな」
「また、ややこしいことに首を突っ込むのか」
「でも……俺たち、そういうの無視できない性分だろ?」
──◆──
その頃。
王都の地下。
石造りの遺跡を改造した密室で、黒装束の男たちが集っていた。
「ギルドの過激派が潰されたのは痛かったが……まだ“裏”は死んでいない」
「若いのを集めろ。スラムから、子供でも構わん。実験材料にする」
「王都に、新しい夜を──」
──◆──
リョウは、知らないふりをすることもできた。
でも──
「盗賊だったからこそ救える命がある。そうだろ?」
「……言い訳っぽいけど、悪くない言葉だな」
「なに言ってんの! ちょっとカッコいいと思ったでしょ今!」
「思ってねーし!」
──◆──
こうして、リョウたちは“まっとう”な生活の中で、再び運命の歯車に巻き込まれていく。
でも今度は一人じゃない。
仲間がいる。
──第二の人生は、まだ始まったばかりだ。