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なぜか盗賊家業に落とされた  作者: 空想するブタ
第3部:王都バラバラ殺人事件
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第2章 パート5:動き出す禁忌

王立学院の研究棟は、夜になると驚くほど静かになる。

 昼間は生徒や研究者たちが行き交い、講義室からは議論の声や魔法陣の起動音が響き渡るが、日が沈むとその喧噪は一気に途絶える。まるで建物そのものが眠りにつくかのようだった。


 だが、その静寂の奥深く――たった一つだけ、灯りの消えぬ部屋がある。


 エルネアの研究室。


 扉の隙間から漏れる魔導灯の薄明かりが廊下をぼんやり照らし、その向こうで一人の少年が机に向かっていた。


 ハービー。


 講義の後処理も片付けも終え、普通なら寮に戻って眠っている時間だ。しかし彼は今、埃をかぶった古い魔導書を開き、そのページに刻まれた奇妙な文字列に視線を釘付けにしている。


 ――魂のソウル・コンテナ


 その言葉を見つけた瞬間、身体の奥底が妙な熱で満たされた。

 まるで遠い昔から知っていた概念に再会したような、あるいはずっと求めていた答えに手が触れたような……そんな錯覚に近い興奮。


(魂……容れ物……? 肉体と別に、魂を保持する器?

 でも、いったい何のために?)


 ページには続きがある。

 だが文字が古すぎる上に、保管状態も悪い。魔導書は何度も修復されている形跡があり、意味不明な欠落も多い。

 それでも、かろうじて読み取れる部分だけでも、これがただの古代史の記録ではなく、明確な魔術研究の成果であることがわかる。


 ハービーは指でその文字をなぞりながら、息を呑んだ。


(魂を一時的に移し替える……

 それが可能なら、回復魔法の“限界”を超えられるのでは?)


 そう思った瞬間、脳裏に鮮烈なイメージが浮かんだ。


 失われた四肢を取り戻せない患者。

 回復魔法では癒せない神経の断絶。

 そして、ウィルソン兄弟が掲げた新理論――「魂と神経の結びつき」。


 もし魂を一度取り除くことができれば、神経を再構築し、新たな肉体を調整し、魂を戻すことで――。


(人は、完全に“治る”……?)


 その発想の危うさに気づきながらも、視線はページから離れない。


 まるで、魔導書のほうが彼の心を掴んで離さないようだった。


 やがて、研究室の扉が静かに開く音がした。


 ゆっくりと、しかし確実に。


 ギィ……と軋む音が部屋に響く。


 ハービーの肩がビクリと震え、振り返る。


「……まだいたのね、ハービー」


 灯りの中に現れたのは、エルネア。


 昼間とは違う、白衣のままの姿。

 青白い魔導灯の光に照らされ、彼女の表情はどこか影を帯びている。


「エルネア、先生……あ、いえ、これは……」


 慌てて魔導書を閉じようとするが、彼女は手で制した。


「隠さなくていいわ。むしろ――開いたままで構わない」


 その声は、冷静で、どこか甘い響きを帯びていた。

 叱責ではない。

 むしろ、嬉しそうですらある。


 エルネアは彼のそばに歩み寄ると、魔導書を一瞥し、細い指でページを軽く撫でた。


「ずいぶん古い資料を見つけたのね。これは……私でも読めない部分が多いわ」


「でも……魂を移す、と書いてあるように見えて」


「ええ、見えるでしょう? 見えていいのよ」


 エルネアは静かに微笑んだ。


「ハービー。あなたなら理解できるわ。この研究の意味を」


 心臓が跳ねた。

 エルネアの言葉は、ハービーの胸の奥にある“渇き”を正確に射抜いてくる。


「魂を、肉体から切り離せるなら――

 失われた器官は再構築できる。

 回復魔法の限界は、超えられる」


 彼女の声は、まるで呪文のように部屋の空気を変えていく。


「私はずっと、次の段階に進もうと考えていた。

 でも一人では難しい。正確に読み取り、臨機応変に動ける助手が必要だったの」


 エルネアの視線が、真っ直ぐにハービーの瞳を射抜く。


「あなたなら――できるわ」


 喉が乾く。

 たった一言が、胸の奥に火をつけていく。


 彼女は続けた。


「魂の器。

 これは、ただの理論ではない。

 古代に実際に行われていた“禁忌”よ」


 その言葉が、静寂に深い影を落とす。


「禁忌……」


「ええ。でも、禁忌だからこそ価値がある。

 人は知らないものを恐れ、学ばないだけ。

 私はそれを正しく解き明かしたいの。

 あなたと、共に」


 ハービーの胸が熱く燃え上がる。


 恐怖と興奮。

 不安と期待。

 尊敬と、……ほのかな執着にも似た感情。


 全てが混ざりあい、もはやどれが本心なのか分からない。


 気づけば、彼は頷いていた。


「……僕に、できますか」


「もちろんよ」


 エルネアの手が、ハービーの肩にそっと触れた。


「あなたは“選ばれた”のだから」


 その瞬間、研究室の魔導灯がひときわ強く輝き、そして一気に暗転した。

 魔力の波動が空気を震わせ、窓ガラスがかすかに揺れる。


 静まり返る夜の王立学院。


 その奥深くで――

 封じられていた禁忌が、静かに目を覚まし始めていた。


 エルネアとハービー、師弟の足取りが、確実に常識の線を越えていく。


 この夜を境に、彼らが進むのは“癒し”ではなく――

 “創造と死の境界線”に踏み込む道だった。


 再び、禁忌が動き出そうとしていた――。

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