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なぜか盗賊家業に落とされた  作者: 空想するブタ
第3部:王都バラバラ殺人事件
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第2章 パート4:ウィルソン兄弟の発表

王都学術院の大講堂は、早朝から異例の熱気に包まれていた。


 この日、ウィルソン兄弟がついに“新理論”を発表するとあって、学生も教授も、さらには教会関係者までが押し寄せている。講堂の扉は開かれるなり埋まり、廊下にまで人が溢れ、簡易席まで設けられるほどだった。


 舞台中央に立つ兄グラント・ウィルソンは、いつもの穏やかな笑顔を浮かべながらも、その目の奥には勝者の自信が宿っていた。

 弟のエドワードは端正な顔を引き締め、聴衆を見下ろすように鋭い視線を送り、静かに顎を上げる。


 やがて、グラントが第一声を発した。


 「諸君。今日、我々は長らく回復魔法の最大の謎であった問いに、ついに答えを提示する」


 ざわりと空気が揺れる。

 まるで舞台役者のような間の取り方だ。


 「――なぜ、回復魔法で傷が完全に治っても、四肢が動かない例が存在するのか」


 聴衆が一斉に息を呑んだ。

 確かに、古くから医療魔術に携わる者なら誰もが知る“不可解な現象”だ。


 肉体的損傷は治癒した。

 魔力の巡りも正常だ。

 だが、患者は手足を動かせない。歩けない。感覚が戻らない場合すらある。


 この矛盾は、回復魔法の世界に長く横たわってきた“暗い穴”だった。


 グラントはゆっくりと壇上を歩きながら続けた。


 「我々は古文献を紐解き、神学・魂魄学・魔術解剖学を横断的に検討した。その結果――《魂と神経の結びつき》という概念にたどり着いたのです」


 スクリーンに古い聖典の一部が投影される。


 《魂は肉体を通じて世界に触れ、肉体は魂を通じて神意に触れる》


 聞き慣れた一節。

 だが、グラントはその解釈を大胆に更新した。


 「回復魔法が癒せるのは“肉体”まで。だが、肉体を動かす根本である“魂と神経の接続部”――この領域は、従来の治癒魔術が一切触れ得ない“神域”である。つまり、四肢の機能不全は治癒不足ではなく、魂側の損傷であり、神の領域への無断侵入なのだ」


 講堂がどよめいた。


 「魂の損傷……そんなことが……」

 「神経と魂を、結びつきとして扱うのか」

 「もしそれが本当なら、これまでの医療魔術の常識は……」


 聴衆の反応は、まさにウィルソン兄弟が求めていたものだった。


 エドワードが乗り出すように前に出る。


 「注目すべきは、我々の《回帰型神託理論》によれば、魂が神意と分断されている限り、どれほど魔力を注いでも回復は不完全に終わるという点です。つまり――」


 高らかに声を張り上げる。


 「回復魔法は、神の摂理に従わねば“絶対に完全化しない”!」


 喝采が起こった。

 拍手、歓声、興奮。


 その熱が最高潮に達しようとした瞬間、エドワードはわざと声を落とした。


 「しかし近頃、“意志による魔力干渉”を謳う者が現れた」


 ――講堂の空気が一変した。


 視線が自然と、講堂後方の席に座るエルネアへと向けられる。

 ハービーは険しい表情で彼女の前に立つようにして周囲を睨んだ。


 エドワードは続ける。


 「魔力を意志で“歪め”れば治癒が促進する?

  魂の構造を外側から押し変えられる?

  そんな理論は、神の摂理への冒涜に他なりません!」


 激しい指弾。

 講堂がざわつく。

 エルネアは小さく息を吸ったが、表情を崩さなかった。


 グラントが補足するように柔和な笑みを浮かべる。


 「若き才能には敬意を払います。しかし、学問には“越えてはならない線”があります。

   意志干渉は、魂への干渉と紙一重。神域を踏み荒らせば必ず反動が訪れる。

   我々ウィルソン派は、学問と聖職の両面から警鐘を鳴らさねばならないのです」


 優しい声音で、しかし逃れられない形で、エルネアを断罪する。


 「――聖女であろうと、神をも凌駕しようとする研究は許されない」


 そこにいた全員が理解した。

 これは、学問の議論ではなく“政治的宣告”だと。


 研究内容ではなく、立場を。

 理論ではなく、信仰を。

 正しさではなく、序列を。


 ウィルソン兄弟は、完全に“線引き”をしたのだ。


 大講堂は拍手と称賛の渦に包まれた。


 「素晴らしい!」

 「魂の理論……これぞ古き良き学問だ!」

 「やはりウィルソン兄弟がいなくては!」


 多くの研究者がその熱狂に飲まれていく。


 一方、エルネアのまわりには人だかりすらできなかった。


 誰も近づかない。

 誰も声をかけない。


 ただ、遠巻きに――好奇と警戒の入り混じった視線だけが突き刺さる。


 ハービーは唇を噛みしめながら、エルネアに言った。


 「……先生。すぐにここを出ましょう」


 エルネアはゆっくり椅子から立ち上がり、背筋を伸ばした。

 顔には動揺も怒りもなく、その瞳だけが静謐に澄んでいた。


 「大丈夫よ、ハービー。……予想はしていたもの」


 その声には、わずかな疲労が滲んでいた。

 だが、決して折れてはいない。


 講堂を後にする彼女の背に――

 聴衆の囁きが追いかける。


 「彼女、どうするつもりなんだ?」

 「ウィルソン先生に逆らえるわけないだろ」

「もう終わりだな……」


 エルネアは振り返らなかった。


 学会は熱狂に包まれ、

 対立の炎は一段と燃え広がり、

 そして――エルネアの孤立は決定的になった。

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