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なぜか盗賊家業に落とされた  作者: 空想するブタ
第3部:王都バラバラ殺人事件
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第1章 パート6:時代の波

王都グランフェリアでは、昼下がりの光が白い石畳を照らし、学院の尖塔が影を長く落としていた。季節は初夏へ移ろい、街路樹の若葉が揺れ、噴水広場には学生たちの笑い声が響く。王立学院はこの日、いつもより人の流れが多かった。


理由はただ一つ――

“聖女エルネア”による特別公開講義。


彼女が街の重傷者を救い、その奇跡の治癒で多くの命を繋ぎとめたことは記憶に新しい。彼女の名を聞けば、人々は自然と敬意を払った。


「エルネア様の講義が無料で聞けるなんて……」

「きっと神秘の回復魔法について教えてくれるんだろう」

「絶対に行くべきだ!」


そんな期待に満ちたざわめきが王都中に広がっていた。


◆ ◆ ◆


講義室は円形に広く取られ、魔導照明が高く掲げられている。中央の円台には白い布が掛けられ、その下に何かが横たわっているのが分かる。座席は学生で埋まり、簡素なローブを着た者から、教会の若い研修司祭まで顔ぶれはさまざまだ。


やがて、扉が開く。


すこし緊張したような空気の揺らぎとともに、

エルネアが姿を現した。


真っ白なローブ。

銀糸が織り込まれた帯。

そして、穏やかな微笑み。


その姿を見た瞬間、講義室には拍手が沸き起こる。

一部の学生は目を潤ませていた。


しかし、彼女はその歓声にほとんど反応を示さなかった。


ただ静かに、淡々と中央の台に歩み寄る。


「本日の講義は、回復魔法に不可欠な“肉体構造の理解”についてです」


柔らかい声。

だが、その柔らかさの奥に、刃物のような研ぎ澄まされた気配が潜んでいた。


ざわ……と小さなざわめきが起こる。


「回復魔法は、損傷した組織を修復するための魔法体系です。しかし、どこが、何が、どう壊れ、どう治るべきなのかを知らぬまま魔法を振るうのは、あまりに危うい行為です」


そこで、エルネアは白布をそっと取り払った。


息をのむ音が講義室のあちこちで上がる。


台の上には――

モンスターの死骸。

人間に最も近いとされる小型の従属種。その肉体は丁寧に処置され、標本のような整備された状態だった。


モンスター相手とはいえ、生身の肉体を目の当たりにする光景は、若い学生たちには刺激が強かった。


「では、始めます」


エルネアは手袋をはめ、鋭いメスを取り上げる。


一切の躊躇なく、筋肉の境界線をなぞるように切開していく。


ザクリ――。


滴る血はすでに抜かれているため薄暗い色をしていたが、

その「生々しさ」は隠しようもなかった。


「う、うわ……」

「聞いてない、こんなの……!」

「これ、本当に回復魔法の講義なのか?」


若い学生たちの顔が青ざめ、数人がすでに席を立ち始める。


その気配を感じても、エルネアは——

一度たりとも視線を上げなかった。


「こちらが心臓です」


指し示された臓器は、精密な魔術式と器具で露出され、複雑な筋の動きがわかるように配置されていた。


「血液を送り出す器官。ここに損傷が生じれば、どれほど高位の治癒魔法を施しても間に合わない場合がある」


淡々とした声だったが、内容は恐ろしく冷静で、残酷なほど正確だった。


「回復魔法とは、“壊れたものを元の形へ戻す”ための魔法。

 しかし私は思います。

 そもそも“元の形”を知らずして、どうして完全な修復などできるのでしょうか?」


講義室の扉がバタンと閉まり、退席者が急いで出ていく音が響く。


残った学生たちも、ただ沈黙していた。


エルネアは、その空気をものともせず言葉を紡ぐ。


「私は――癒しとは甘い奇跡ではないと思っています。

 肉体とは構造。構造とは法則。法則を知ることこそ、本物の癒しの第一歩です」


そして、彼女は心臓を手元へ寄せ、淡く輝く魔力を指先に宿す。


死体の組織がわずかに動き、修復の兆しを見せる。


「これが……人を癒すための第一歩よ」


その瞬間、講義室にいた全員が感覚的に悟った。


――この人は、聖女という称号に収まる存在ではない。

――もっと深い何かへ、どこかへ向かっている。


敬意でも、嫌悪でも、恐怖でもない。

ただ、言葉にできないざわめきだけが胸に宿る。


エルネアは講義を終えると、学生たちの反応など最初から視界にないかのように、静かに道具を片づけていった。


その背中は、

もう人々の賛辞の中に立つ聖女ではなかった。


“異端の研究者”として歩き始める影が、ゆっくりと伸びていく。


そして章は静かに幕を閉じ、

王都は新しい時代へと加速度的に走り始める。

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