第7章:脱出と再出発
盗賊ギルドを抜けた翌朝、リョウたちは地方都市ヴァルセントの南門をくぐった。
「じゃあねー! 二度と戻ってくんなよー! あ、でも困ったら来てもいいよー!」
街の裏通りの子どもたちが、石畳の道の端で手を振っている。かつて彼らから菓子を巻き上げていたクラウスが、妙に申し訳なさそうに帽子を脱いだ。
「……いや、なんかこう、ちゃんとした挨拶が思いつかないな」
「“次に会うときはちゃんと買ってくる”でいいんじゃない?」
「よし、それでいこう」
そんなやりとりを背に、リョウたちは新たな道を歩き出す。
昼下がり。土の匂いと夏草の揺れる小道に差しかかった時だった。
「……待って」
モンブランが立ち止まった。
「木の陰に、誰かいる」
全員が立ち止まり、手をかけるのは剣や杖……の中、リョウは親切心でそっと声をかけた。
草陰にうずくまる一人の女――顔を上げた瞬間、リョウは反射的に身体を捻った。
シュッ。
風を裂いて飛んできた細い針――暗器。
その軌道を読み切ったリョウは女を取り押さえた。
「お前、何者だ。なぜいきなり攻撃を?」
俺たちはその女を尋問するため、その場に荷を下ろした。
女は抵抗せず、ただ虚ろな目でこちらを見返してきた。
焚き火の側で、女はようやく口を開いた。
「……盗賊に家を焼かれた。復讐のためにギルドに近づこうとしたけど、そこで別の組織に拾われて、刺客として育てられた。感情も……名前も忘れた」
「名前、ないのか?」
「……“カゲロウ”って呼ばれてた」
「なら、今日から“フユコ”にしよう」
「なんで?」
「うーん、なんか、冬っぽい顔してたから?」
リョウの適当な命名に、周囲の仲間たちは「また始まった」と笑ったが、彼の目は笑っていなかった。
リョウはその日に火の灯る空の下、一人夜風にあたっていた。
かつての前世――現代の日本。親切心から妊婦を助けようとした件。あの記憶が蘇る。
「やっぱ状況的にそうだよな………オレ、殺されたんだ………!」
「やっぱりどの世界も……同じか。人を信じれば、いつか足元をすくわれる」
拳を握る。信じた結果、自分の身も、大切なものも壊されてきた。
「それでも、手を伸ばす意味は……あるのか?」
背後で草を踏む音。
「……おい、独りで抱えんなよ」
クラウスの声だ。
「お前が拾った“フユコ”って娘、まだ人間だよ。心も、怒りも、ちゃんとある。なら一度くらい、信じてみる価値はあるんじゃないか?」
その後ろに、エルネアとモンブランも立っていた。
「ねえリョウ、私たち盗賊だったんだよ? 信用できる人間の方が珍しい。でも……それでも今、こうしてる」
「……料理、一緒に食べるって、ちょっと信用って感じするよね」
モンブランの言葉に、リョウの口元がかすかにほころぶ。
「……ったく、お前らな……」
翌朝。
「じゃあ、王都に行くか」
リョウのその一言に、皆が頷いた。
「今度こそ、まともな人生を歩む」
「武勲をあげて貴族に返り咲く」
「死体を解剖してぐーたら三食昼寝付き」
「モンスターにも人権を!」
「………なんか物騒な願いがちらほら………」
「うるせぇ! 私の真摯な願いに文句があるのか!」
「お前の願いじゃねーよ!!!」
そんな軽口を叩きながら、四人と一人の新たな仲間――“フユコ”を含めた五人は、王都へと歩みを進めていく。
道の先は、まだ誰も知らない。
けれど、今リョウの足取りは、確かに前を向いていた。