第1章 パート2:モンブランのお店大繁盛
朝の柔らかい日差しが差し込む頃、王都グランフェリアの中央通り、その一本裏路地に――一年前はただの空地だった場所に、今や人だかりができる小さなお店がある。
屋根には手描きの文字で「モンブラン亭」と書かれており、木の看板からはほのぼのとした雰囲気が漂っていた。
モンブランは、茶色の髪をゆるくまとめ、白いエプロンを結んでいる。その仕草はどこか柔らかく、温かい。
彼女が鍋をかき混ぜるたび、ふわりと湯気が立ち上る。
パンの香ばしい香り。
煮込んだ野菜の甘い湯気。
香草の爽やかな香り。
グランフェリアの朝に、この香りを求めて通ってくる者がもう数十人はいる。
朝食は家で済ませる者が多いこの国で、わざわざ並んででも食べに来る人がいる。
それは――王都の風景の一部になった証拠だ。
「モンブラン、今日のスープは何だい?」
常連客の老紳士が声をかける。軍務を引退した元騎士だ。
モンブランは笑顔で答える。
「今日はね、カブと鶏とね、ちょっと秘密の調味料! 長年の勘で味が決まったんだよ〜」
「秘密って言われると余計に気になるな」
老紳士は眉を上げる。
すると、並んでいた若い娘が割り込むように言った。
「それ、たぶん昨日の試作品ですよ! モンブランさん、夜遅くまで煮込んでたんですから!」
「ちょ、ちょっと〜! それ言わないでよ〜!」
モンブランは慌てて手を振り、頬を赤らめる。
「ふふ、努力の味ってわけか。そりゃ食わないわけにはいかん」
老紳士は笑い、パンとスープの朝セットを受け取る。
その横で、モンブランはキビキビと動く。
大きな木の杓文字でスープをよそい、パンを軽く炙る。
動きは軽やかで、そして丁寧。
見ているだけで気持ちいいほど手慣れている。
一年前――
彼女がまだただの料理好きな少女で、仲間と野営したり、屋台で売っていた時とは違う。
今は“プロ”として、王都の胃袋を掴んでいる。
「ねぇモンブランさん、今日のパン、昨日より甘くない?」
別の常連客が尋ねる。
「気づいた? 小麦粉の配分を少し変えたの。朝に食べるなら、もうちょっと軽い方がいいかなって!」
モンブランは胸を張って言う。
「ほう……君の方がよっぽどパン職人じゃないか」
客が感嘆したように息を吐く。
「えへへ〜、もっと褒めて?」
冗談っぽく言うが、その目は素直に喜んでいた。
通りの向こうから、衛兵たちが歩いてくる。
鎧が軽く鳴る音が響く。
「お、モンブラン、今日も頼むぞ!」
「あいよ〜! 塩気控えめ、具だくさんね!」
彼女は衛兵一人一人の好みを覚えている。
ある者はパンを厚切り、
ある者はスープを濃い目、
ある者は胡椒を多め。
その理由を尋ねられたことがある。
「だってその方が嬉しいでしょ? 私、みんなの“朝の元気”を作りたいんだ」
その言葉に、常連たちはますます彼女を好きになった。
周囲の会話は明るく、笑い声も絶えない。
老紳士が冗談を言うと、モンブランは肩を震わせて笑う。
その笑顔を見て、客たちも笑う。
屋台の周りだけ、季節が春に戻ったみたいだった。
リョウも時折ここに顔を出す。
ある日、彼はモンブランの苦労を労いながら言った。
「一年でここまでやるなんて、本当にすごいよ。
最初は屋台の組み立ても僕とクラウスが手伝ったのに」
モンブランは両手を合わせる。
「うん、あの時のこと、ちゃんと覚えてる。
でも今は一人でもできるんだよ? えっへん!」
やっぱり彼女の強さは、明るさだ。
努力を努力のままで終わらせず、
それを自然な温もりに変えて、料理に乗せて提供している。
その姿は、ただの料理人ではない――
王都の人々の日常を照らす小さな灯のようだった。
通りすがりの人々の足が止まる。
空腹でなくても、つい香りに惹かれてしまう。
甘いパンの香ばしさ。
優しく煮込まれたスープの湯気。
そして――モンブランという少女の笑顔。
お店の日よけ布が風になびく。
それは、彼女のこれからを祝福する旗のようにも見えた。
そして確かに、ここには一つの未来が根付いている。
それは小さくて、温かくて――
けれど、確かに王都の日常を変える可能性を秘めていた。




