王都グランフェリア編 第19章:パート2「建国祭の灯の下で」
グランフェリアの王都を包む空が、淡い金色から深い藍へと移り変わっていく。
三日間にわたる建国祭の最終日。大通りには無数の提灯が灯り、露店の列が果てしなく続いていた。
焼き菓子の甘い香り、音楽隊の軽快な笛の音、子供たちの笑い声——。
それらが混じり合い、王都はまるで夢の中のように賑わっていた。
だが、その喧騒の片隅で、リョウは浮かない顔をしていた。
彼は露店の一角で、魔道具の出店を任されている。
卓上に並ぶのは小型の照明石や風よけの護符、リョウが直した欠陥品の改良版だ。
それらは人々の目を引き、そこそこ売れていたが、リョウの胸には重たい靄が残っていた。
――あれから、もう二週間か。
王墓の広間で見た、血の海。
瞳を失った子供たちの無表情。
そして、自分の無力さ。
リョウは机の上の硬貨を無意識に指先で転がしながら、小さく呟いた。
「……とはいえお宝も名誉も手に入らず、クーデターを防いだ英雄にもなれず店番か。」
軽口のつもりだったが、声には笑いがなかった。
人波の向こうで響く祭り囃子が、遠くの世界の音のように感じられる。
ふと、リョウの視界に赤いリボンが揺れた。
見覚えのある髪色と、明るい声。
「リョウー! 売れてるー? ちゃんと店番してるー?」
モンブランが駆け寄ってきた。その隣には、小さな少年が一人。
彼の目には、かすかな光が宿っていた。
モンブランが軽く背中を押すと、少年は照れくさそうに前に出た。
「ありがとう! お兄ちゃんたちが助けてくれたんだよね!」
リョウの胸が一瞬、熱くなった。
どんな言葉も出てこなかった。ただ、自然に笑みがこぼれる。
「……そうか。元気そうで、よかった。」
少年は深々と頭を下げ、「また来るね!」と笑って走り去った。
人混みに紛れていく背中を見つめながら、リョウは息を吐いた。
「……少なくとも、一人でも笑顔を取り戻せたなら。」
その声は小さかったが、確かに自分自身に言い聞かせるような響きがあった。
モンブランが隣で腕を組み、にやりと笑った。
「ほらね、無駄じゃなかったでしょ。だから、いつまでも沈んでちゃダメなんだって。」
そう言って、彼女は懐から何かを取り出した。
拳に収まるほどの、鈍い金の光。
「遺跡でね、モンスターがこれの欠片をくわえてたの。たぶん黄金の扉のかけらだよ。」
リョウは目を見張る。「おい、まさかそれ……!」
モンブランはにこっと笑って、金の塊を差し出した。
「施設の子供たちに使って。何年分かの支援費にはなるでしょ?」
リョウは唖然としたまま、言葉を失った。
「お前……それ全部、寄付するつもりか?」
「もちろん。あの子たち、親にまで売られたんだよ? 今さら欲なんて張れないでしょ。」
彼女の声は明るかったが、その瞳には深い優しさがあった。
モンブランはくるりと振り向き、もう一つの金片を見せる。
「それにね、私はリョウと違ってちゃんとしてるんだよ。」
リョウが苦笑する。「それは……どういう意味だ。」
「一発逆転の屋台が大繁盛だよ!」
モンブランは胸を張った。
実はその金を使って、彼女はお祭りで屋台を出していたらしい。
「金粉飴モンブランスペシャル! って出したんだけどさ、これが評判を呼んで売れに売れて!」
「それ………金の原材料費考えてないだろ?」
「あっ!」
二人は顔を見合わせて、思わず笑った。
その笑い声が、夜空へと吸い込まれていく。
やがて空には花火が上がり、群衆の歓声が響いた。
◆
建国祭の夜が深まるにつれ、灯火が街を包み、風が柔らかくなっていった。
露店の灯りが反射する石畳の上で、リョウは立ち止まり、空を見上げた。
「俺たちは……勇者にも、冒険者にもなれなかった。」
その呟きに応えるように、背後から穏やかな声がした。
「呆れた。また言ってるのね。」
振り向けば、エルネアとフユコとランタンを持って立っていた。
「誰かを救った。――それで十分じゃない? 英雄なんて、疲れるだけよ。」
フユコもこくりとうなずいている。
エルネアはそう言って微笑み、店の灯をともした。
淡い光がリョウの横顔を照らす。
クラウスとモンブランの笑い声が遠くから聞こえた。
リョウは静かに頷き、空に咲く花火を見上げた。
その光は、まるであの遺跡の暗闇を払い、再び道を照らしてくれるようだった。
――こうして王都の平穏は戻った。
だが、リョウたちの胸には、その平穏の脆さと、それを守ろうとする人々の強さが深く刻まれていた。
そして、彼らの日常はまだ、静かに続いていく。




