王都グランフェリア編 第19章:パート1「後日談」
王都グランフェリアに、祭りを前にしては久しぶりの静けさが戻りつつあった。
陽光の差す騎士団本部の石造りの回廊には、重い靴音だけが響いている。
数日前までここに、血と悲鳴が渦巻いていたことなど、誰も信じられないだろう。
ヴァルモンド家の拘束は、王都中に衝撃を与えた。
表向きには「政治的汚職」として報じられたが、真実はそれだけではない。
禁忌の魔法研究、そして王家転覆を狙ったクーデター計画——。
その全容を知る者は、ごく一部の上層部と、事件の現場に居合わせたリョウたちだけだった。
ガロア団長はその日、疲れ切った表情で報告書を閉じた。
「王の聖杯」事件との関連性が深いため、公にすることは許されない。
真実は封じられ、名誉も栄光も、誰の手にも渡らなかった。
「……箝口令だ。今回の件に関わった冒険者たちの名前は記録から抹消する」
ガロアの声に、周囲の騎士たちは沈痛な面持ちで頷いた。
こうして、リョウたちの功績は光の当たらぬまま、闇の帳に包まれた。
◆
王都の片隅の小さな酒場で、リョウたちは顔を合わせていた。
外はすでに夕暮れ、祭りの準備で街のざわめきが遠くに聞こえる。
しかし、この席だけはどこか重苦しい沈黙に包まれていた。
リョウがぽつりと口を開いた。
「ヴァルモンドは……なぜクラウスを選んだんだ?」
クラウスは椅子の背にもたれ、深く息を吐く。
「……騎士団の動きを察していたらしい。俺を犯人に仕立て上げ、目を逸らすつもりだったようだ」
その声には疲労と、かすかな怒りが滲んでいた。
エルネアが静かに杯を置く。
「子供たちは……親に売られたこともあって、王都の施設に送られることになったそうよ」
リョウは眉をひそめる。
モンブランが寂しげに笑った。
「私も施設育ちだけど、今回のはさすがにね……。救えたとは言い難いけど、少し時間をおいて、違う環境で再出発できたらいいけど」
言葉を失うリョウ。
その沈黙の中、クラウスが小さく頷いた。
「……あいつらには、これからの人生がある。俺たちがそれを繋いだ。それだけは間違いない。」
外では子供たちの笑い声が響いている。
だが、彼らの胸には、重い現実が残っていた。
救った命の数よりも、救えなかった声の方が耳に焼きついて離れない。
事件の舞台となった遺跡は、すでに騎士団によって封鎖された。
「王家の墓」として厳重に管理され、立入は禁止されたという。
だが、あの血の魔法陣がどこまで消えたのか、誰にもわからない。
◆
夜の王都は、灯火に照らされて穏やかに見えた。
街角に立つリョウは、人々の笑顔をぼんやりと眺めていた。
平和が戻ったはずの王都。
だが、その平和がどれほど脆いものかを、彼は知ってしまった。
「俺たちは……何を守ったんだろうな」
小さく呟く声は、風にかき消される。
「クーデターは阻止できても、あんな凄惨なことが裏で起きて……それを罪にも問えないなんて……」
悔しさと無力感が胸を締めつけた。
あの時救った子供たちの顔が、闇に浮かび上がる。
その中には、二度と笑うことのできない者もいる。
拳を握りしめ、リョウは無意識に爪を立てた。
痛みが、かろうじて彼を現実に繋ぎ止める。
「……つれぇな………」
そんなリョウの肩を叩いたのはクラウスだった。
「俺は、裏街の見回りを頼まれたよ。騎士団の連中じゃ目が届かない場所を回る。……今回の件は俺たちには手が余る。結局日々できることをしていくしかない」
クラウスの横顔には、かすかな覚悟が見えた。
エルネアは教会に戻り、再び慈善活動に力を注いでいる。
子供たちの施設にも足を運び、寄付や祈りを欠かさない。
彼女の聖女然とした微笑みは、王都の片隅で人々を癒していた。
モンブランはというと、両手を腰に当てて胸を張った。
「私はね、次の祭りで出店してやるの! あんたも手伝いなさい、リョウ!」
「……俺も店番があるんだよ」
そう言いながらも、リョウの口元にはわずかな笑みが浮かぶ。
「やることがあるってのは、悪くないだろ?」
クラウスがそう言って歩き出す。
リョウはため息をつきながらも、彼らの後を追った。
事件の記録は闇に消え、真実は語られない。
けれど、彼らの胸の中には確かに刻まれていた。
――たとえ世界が歪んでいても、俺たちには日々できることをしていくしかないのだ。
それが、リョウたちがこの王都で得た、唯一の答えだった。




