王都グランフェリア編 第18章:パート4「終幕」
戦いの余韻が消えた王墓の広間には、鉄の匂いと焦げた魔力の残り香だけが漂っていた。
崩れかけた壁の間から朝の光がわずかに差し込み、砕けた光石を淡く照らしている。
その中央で、鎖に繋がれた男が静かに佇んでいた。
黒衣の裾に金糸の紋章――ヴァルモンド家の印。
その男、ダリウス・ヴァルモンドは、血に汚れた床を見下ろしたまま微動だにしない。
「……私を、誰だと思っている」
低く、だが底の見えぬ声が静寂を切り裂いた。
その視線は、怒りでも恐怖でもない。まるで、捕らえた者を憐れむような冷たい目だった。
鎧のきしむ音とともに、王都騎士団副団長ガロアが一歩前へ出た。
「クーデーターを企てた証拠はすでに掴んでいる。お前の罪も――ようやく白日の下にさらされる時が来た」
「……クーデーター?」
ヴァルモンドがゆっくりと笑った。その笑みには、絶望でも後悔でもない奇妙な確信があった。
「愚かな……王都の者たちは、まだ“真の王”を知らぬのか」
彼の言葉に、騎士たちの間にざわめきが広がる。
しかしガロアは揺るがなかった。
「口を閉じろ、ヴァルモンド。王の聖杯――その秘宝を使おうとした時点で、貴様の野心は終わりだ」
ダリウスはわずかに目を細めた。
「……聖杯。そうだ、千年前、王家はその力で民衆を煽動し、旧体制を焼き払った。私がしたのは、ただその“始まり”を再現しようとしただけだ」
その声には狂気とも信念ともつかぬ熱が宿っていた。
だが、それ以上の言葉を続ける前に、ガロアの部下が彼を押さえつけた。
鎖が鳴り、男の口は無理やり塞がれる。
広間に再び静寂が戻る。
だがその静寂の裏で、誰かのすすり泣く声が響いた。
――助け出された子どもたちだった。
十五人以上。だがその多くが、血と瞳を奪われ、衰弱しきっていた。
小さな身体は冷えきり、瞳には焦点がない。
彼らを支える騎士たちの手も震えていた。
「……ひどい……」
エルネアが呟き、モンブランが唇を噛む。
その時、ひとりの若い騎士が沈んだ声で報告した。
「副団長……親たちの一部は、この取引に“承諾”していたようです。貧困地区の者たちや没落貴族が……報酬と引き換えに、子を……」
その言葉に、誰もが息を呑んだ。
モンブランが怒りに震える声を漏らす。
「……じゃあ、誘拐じゃない? じゃあ……誰も、罰せられないの……?」
ガロアは目を伏せた。
「法は、想定していなかった。……でもこの子たちの今後の未来だけでも守る」
リョウは壁にもたれ、ぼんやりとそれを聞いていた。
勝ったはずの戦いが、どこか虚しく響く。
――自分たちの勝利は、社会の歪みの上に積み上げられた砂の城に過ぎないのかもしれない。
瓦礫の間で、誰かが泣き、誰かが祈る。
その音が、戦の余韻よりも重く胸に残った。
「ヴァルモンド家の者は全員拘束しろ。クーデター計画の容疑で牢屋にぶち込め」
ガロアの命令が響き、騎士たちが動く。
だが、続いた言葉は低く押し殺された。
「今回の事件“王の聖杯”事件との関係がある。ここにいるものは内密で頼む」
それはつまり、真実がまた闇に沈むことを意味していた。
モンブランが俯きながらぽつりと呟く。
「報われないね……こんなの」
クラウスはその言葉に、静かに首を振った。
「それでも――守れたんだ。誰かの未来を」
モンブランが顔を上げた時、クラウスの瞳には疲労と、それでも消えぬ誇りが宿っていた。
リョウは苦笑しながら呟いた。
「勇者にも……冒険者にも、なれずか」
その言葉に、エルネアが小さく笑った。
「でも、誰かを救った。それで充分だと思う」
彼女の声は、夜明け前の風のように静かで優しかった。
フユコが子どもたちを看病し、エルネアが包帯を巻き、
せめて体の傷だけでもと騎士団の治癒師が魔法で治している。
クラウスは最後まで戦場を見渡し、深く息を吐いた。
誰も名誉も財宝も手に入れなかった。
けれど――彼らの胸の奥には、確かな何かが灯っていた。
広間の奥、崩れかけた天井の隙間から、朝の光が差し込む。
リョウたちはゆっくりと立ち上がり、地上へ続く階段へ向かった。
足音が響くたび、彼らの影が少しずつ伸びていく。
最後に、リョウが一度だけ振り返る。
広間の中央――そこには、血で描かれた魔法陣がまだ残っていた。
封じられたはずの赤い紋が、かすかに脈動している。
「……これで終わりにしてくれよ」
その呟きは誰にも届かず、崩れゆく遺跡の奥に消えていった。
やがて、地上から朝の光が降り注ぐ。
長い夜が明け、風が冷たく彼らの頬を撫でた。
――こうして、五人の冒険は幕を閉じた。




