王都グランフェリア編 第18章:パート3「グッドタイミング」
光が尽きた。
エルネアの光石は砕け、火花のような残滓が宙を舞う。それが落ちるたび、薄暗い広間に血の匂いが濃く満ちていく。
モンブランは膝をつき、震える手で棒を握っていた。クラウスは仲間の前に立ちふさがり、剣を構えたまま動かない。
リョウの肩口から流れる血が服の隙間を伝い、石畳に落ちていく。
――終わりが、近い。
敵の中央、血の魔道具使いの掌に紅い光が集まる。魔力が空気を灼き、酸っぱい鉄の匂いを伴って広間全体を包み込む。
「死ぬ覚悟はできたか、ガキども」
魔道具使いが冷笑し、血液の糸を空中に編み上げる。
クラウスが一歩前に出た。
「下がれ、リョウ!」
その叫びと同時に、赤黒い矢が放たれる。クラウスは剣で弾くが、勢いに押され、石床に膝をついた。
モンブランが悲鳴を上げる。
エルネアは魔力を使い果たし、ただ震える指で杖を握るだけ。
敵の血糸が再び光を帯び、今度は円陣を描くように広間を覆い始めた。
リョウは唇を噛み、残った力で短剣を握り直した。
たとえ死んでも――一矢報いる。
だが、その時。
「――前衛、下がれッ!!」
怒号が響き、金属の轟音が通路の奥から押し寄せた。
ガシャン、と重い扉が吹き飛ぶ。
通路の奥、闇の向こうから現れたのは、銀の鎧に身を包んだ部隊。
王都騎士団――その徽章が、血煙の中でもはっきりと光った。
「な……なんだと!?」
血の魔道具使いが叫ぶ。
次の瞬間、十数本の槍が一斉に突き出され、敵の前衛を切り裂いた。
鉄と血がぶつかり合い、広間に戦慄が走る。
「王都騎士団だ! 全員武器を捨てろ!」
先頭の騎士が号令を放ち、隊列が波のように押し寄せる。
敵の護衛たちは応戦しようとするが、統率を失っている。
剣と槍が交差し、赤い火花が散った。
血の魔道具使いが魔法を発動しようと腕を掲げるが、
「動くな!」
背後からの矢が腕を貫いた。魔力が弾け、血液の陣が途切れる。
それを合図に、騎士たちは一斉に突進。
たった数分で、広間は制圧された。
「嘘だ……ヴァルモンド家の名に逆らう気か!」
叫ぶ敵に、騎士団長格の男が冷たく答える。
「貴殿らの罪はすでに王命のもとにある。投降せよ」
その声が響いた瞬間、敵兵たちは次々と武器を落とした。
血の魔道具使いも、力尽きたように膝をつき、頭を垂れる。
リョウはその光景を呆然と見つめていた。
戦いの喧騒が遠のいていく。
あれほど濃く漂っていた血と魔力の匂いが、少しずつ風に溶けて消えていくようだった。
短剣を構えた姿勢のまま、リョウは糸が切れたようにその場へ座り込んだ。
肩から伝う血の感触がようやく現実に戻してくれる。
「……終わった、のか……」
息を吐くと、肺が焼けるように痛んだ。
その時、
「生きていたか、クラウス殿」
低く落ち着いた声が、静まり返った広間に響いた。
振り返ると、鋼の鎧をまとった男が歩み出てくる。
王都騎士団副団長――ガロア・ディーゼル。
その姿を見たクラウスの瞳が揺れた。
「まさか……あんたらが……!」
「フユコ嬢からの報せだ。事情はおおよそ把握している」
ガロアの背後で、無表情だが親指を立てた少女が姿を見せた。
フユコだった。
「……フユコ!」
エルネアが叫び、モンブランが涙声で名を呼ぶ。
フユコは息を荒げながらも、微笑んだ。
「助けにきてくれたんだね、でもどうして…」
リョウは目を細め、血に濡れた頬で微笑を返す。
「約束以上の働きだな」
それは――出発前に交わした、何気ない一言だった。
“もし三十時間経っても戻らなかったら、救助に来てくれ。”
遺跡探索の安全策。それだけの意味に見えた。
だが、リョウはその言葉を――戦略に変えていた。
この遺跡の地形を把握し、クラウスの来た通路と反対側に陣取ることで挟撃を想定していたのだ。
自分たちを囮にするての挟撃――すなわち敵の退路を潰す位置に、自分たちを置いたである。
まさか騎士団を連れてくるとまでは想定外だったが…
まるで偶然のようでいて、すべては“計算づくの偶然”。
クラウスがリョウの肩を支え、苦笑いを浮かべた。
「まったく……お前ってやつは、どこまで読んでたんだ」
リョウは息を整えながら答えた。
「半分は賭けだよ。でも……勝てた」
フユコが微笑み、ガロアが静かに頷いた。
「君たちの奮闘がなければ、ここにたどり着くこともなかっただろう。ヴァルモンド家の影を追う我々にとっても、この戦いは大きな手がかりとなる」
広間の奥では、拘束された敵兵たちが鎖で繋がれ、魔道具使いが沈黙のまま連行されていく。
血の匂いの中に、ようやく冷たい風が流れ込んだ。
リョウは瞼を閉じ、かすかに呟いた。
「助かった……けど、まだヴァルモンドが王墓の広間に残っている」
その声を、誰もが黙って聞いていた。
広間の天井から差し込む朝の光が、砕けた光石を照らし――それはまるで、長い夜の終わりを告げる鐘のように見えた。




