王都グランフェリア編 第18章:パート2「決壊」
戦闘が始まってから、数分。
広間の中は、金属がぶつかる甲高い音と、魔力の残滓が生む光で満たされていた。
リョウの指示とクラウスの剣技、モンブランの機転によって、戦況はぎりぎりの均衡を保っている。
「クラウス、右を抑えろ! モンブラン、左壁際に回れ!」
リョウの声が飛ぶ。短剣を逆手に構え、敵の死角を突いて動く。
元は盗賊、視線の誘導と距離の取り方を熟知している。
クラウスは彼の動きを信頼して、まるで舞うように剣を振るう。
その動きには一切の無駄がない。呼吸のリズムさえ、敵の剣筋を読むための武器にしていた。
「まだ行ける……!」
モンブランが棒を振り抜き、敵の喉元を狙う。
敵の槍が彼女の棒を受け止め、火花が散る。
それでも彼女は怯まない。跳ねるように動き、相手の手首を打ち、脚を払った。
床に転がった護衛兵を、リョウの短剣が一閃する。
倒れた兵の鎧に光が反射し、リョウの顔を赤く照らした。
エルネアは後方で光石を握りしめていた。
「今だ……っ!」
小さく呟き、魔力を込めて床に叩きつける。
光石が閃光を放ち、広間全体が白く染まった。
敵の目が焼かれたように光に怯み、その隙にクラウスが二人を斬り伏せた。
「よし、今のうちに距離を取れ!」
リョウが叫ぶ。
膠着状態の中で初めて得た、わずかな優勢だった。
しかし、その静寂はすぐに破られる。
――ぬるり。
どこからか、血の匂いが広がった。
それは戦闘で流れた血ではない。もっと濃く、鉄錆のような甘ったるい臭気。
リョウが振り向くと、奥の通路からゆっくりと影が歩いてくる。
足音ではない、ぬめるような音。
赤黒い魔力の靄をまといながら、血吸い魔道具使いが姿を現した。
「やあ……楽しそうにやっているじゃないか」
声は艶やかで、どこか人間離れした響きを帯びていた。
その背後には、さらに二名の護衛兵が付き従っている。
血の魔道具使いは、手に握った金属製の円筒から血を垂らす。
すると、彼の足元に広がる血溜まりがざわめき始め、まるで生き物のように脈動した。
瞬く間にそれは形を変え、鋭い槍となって宙に浮かぶ。
「……またあの槍か!」
リョウが短く叫ぶ。
床を這う血が次々と集まり、広間全体が赤黒く染まっていく。
空気が鉄臭く、重く、息を吸うたびに喉の奥が焼けるようだった。
モンブランが後退しようとしたその時、足元から赤い刃が突き上げた。
「――っ!」
彼女の足に血の槍がかすり、肉を裂いた。
鮮血が舞い、床に落ちた血が再び槍の素材として吸い上げられていく。
「モンブラン!」
リョウが駆け寄り、彼女を支えた。
エルネアが回復魔法を唱えるが、魔力の光が弱々しく揺れただけで消える。
「もう……魔力が……」
彼女の顔は真っ青で、額には冷や汗が滲んでいた。
光石も残りわずか。頼みの綱が、一本ずつ途切れていく。
クラウスが叫んだ。
「リョウ! 退け!」
その瞬間、血の槍がモンブランの胸を狙って飛ぶ。
反射的にリョウが横っ飛びに飛び込み、彼女を抱えて地面に転がった。
金属音と共に、槍の先端がリョウの肩をかすめる。
焼けるような痛みが走り、血が噴き出す。
「ぐっ……!」
歯を食いしばりながら立ち上がると、敵の魔道具使いが笑った。
「英雄気取りめ……これが現実だ。血の上で踊るしかないのさ」
広間の空気が完全に変わった。
赤い槍が十数本、空中で揺れ、獲物を狙う蛇のようにうねる。
クラウスがその一本を剣で弾いたが、刃が震えた。
「この威力……っ」
彼の足元の石畳がひび割れ、肩に重圧がのしかかる。
もう一歩下がれば、後ろには仲間がいる。
退くわけにはいかない。
モンブランが叫んだ。「リョウ、肩が――!」
「平気だ! 動け!」
リョウは返しざまに短剣を投げる。
槍の動きをほんの一瞬だけ止めたが、すぐに血が再生し、形を取り戻した。
「こんなの、勝てるわけ……」
エルネアの声が震える。
光石が最後の一つとなり、彼女は震える手でそれを握りしめた。
「まだ終わってない!」
リョウが言葉を重ねた瞬間、血の魔道具使いが腕を高く掲げる。
「――崩れ落ちろ、赤き墓標!」
次の瞬間、広間の床一面が血の波で覆われた。
その波が固まり、槍となって突き上がる。
クラウスはその一本を受け止め、膝をつきながらも必死に剣で押さえた。
腕が震え、血が剣を伝って滴る。
「ぐ……ぬうっ!」
全身の筋肉が悲鳴を上げる。
もう一撃でも喰らえば終わりだ。
背後ではリョウがモンブランを支え、エルネアが祈るように手を組んでいる。
絶体絶命。
時間が止まったように、すべての音が遠のいた。
――それでも、まだ終わらせない。
クラウスは歯を食いしばり、全身の力を込めて血の槍を押し返した。
「俺たちは……こんなところで……!」
しかしその声が終わる前に、再び槍が脈動し、赤黒い光が広間を満たした。
そして、闇が広がった。




