表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なぜか盗賊家業に落とされた  作者: 空想するブタ
第2部:王都の遺跡編
69/121

王都グランフェリア編 第17章:パート3「水晶パズルの間を抜けて」

 反射する光が幾重にも跳ね返り、天井と壁を淡く照らしていた。砕け散った水晶片が足元で軋むたびに、リョウの胸はひとつ緊張の音を刻む。

 ――撤退だ。ここでの戦闘は得策じゃない。


 短く息を吐き、リョウは仲間たちを振り返った。

「俺が先頭をいく。エルネアはモンブランに任せる。クラウス、殿を頼む」

 クラウスは無言でうなずき、背中の大剣を握り直した。

 モンブランはエルネアの肩を抱き寄せ、「大丈夫、ゆっくりでいい」と柔らかく声をかける。

 重苦しい空気の中、チームの布陣が整う。

 先頭――リョウ。

 中間――モンブランとエルネア。

 最後尾――クラウス。

 この配置にわずかな迷いもなかった。誰もがそれぞれの役割を理解している。


 水晶パズルの間を抜けると、湿った石の匂いが鼻を突く。足元には苔が生え、滑りやすくなっていた。通路は細く、身をすれ違わせるのもやっとだ。

 リョウは一歩進むごとに周囲を観察しながら、頭の中で地形を組み立てていった。

 ――この遺跡は入り組んでいる。だが、俺たちが通ってきたのは“表の道”だ。敵はおそらく隠し通路を使っていた。つまり、こっちのルートの方をおそらく安全なはず……。


 彼の脳裏には、先ほど遭遇した敵の動きが焼き付いていた。あの動き――まるで裏道を熟知しているような配置だった。だとすれば、彼らが正面ルートを把握していない可能性も高い。

 「地の利は……俺たちにある」

 小声でつぶやく。クラウスが後方から応えるように「その通りだ」と呟いたのが聞こえた。


 通路の先で風が流れる。地下の空気にしては不自然に新しい。

 リョウは一瞬立ち止まり、壁に手をあてた。微かな振動。奥の方で何かが動いている。

 「……慎重に行こう。音を立てるな」

 リョウの指示に従い、モンブランがエルネアの手を引く。少女の肩は震えていたが、その瞳にはまだ火が残っていた。

「エルネア、大丈夫か?」

「……ええ、平気よ。ただ、魔力が……少し、抜けただけ」

「よく言うぜ。さっきまで真っ青だったのに」

 モンブランが苦笑まじりに言うと、エルネアもわずかに笑みを返した。短い冗談が、張り詰めた空気にほんの少しだけ温度を戻した。


 リョウは曲がり角に差し掛かるたびに立ち止まり、手信号で仲間に合図を送る。

 通路の先をのぞくたび、空気が重くなる。足音を殺し、体を壁に寄せ、慎重に前へと進む。

 クラウスは殿で音を探知していた。彼の耳はで鍛盗賊時代に培われた感覚を確かに持っていた。微かな金属音、落石、風――そのどれもを聞き分ける。

 「……まだ、追っては来ていない」

 低い声が背後から響く。


 それでも油断はできない。

 エルネアの魔力はほとんど枯渇しており、もし敵が再び襲来すれば、今度こそ持ちこたえられない。リョウはそう理解していた。

 ――俺が判断を間違えれば、全員が終わる。


 彼の中で、冷たい緊張と熱い焦燥が同時に燃えていた。

 だが、その思考の炎が、リョウを次の一歩へと駆り立てる。


 やがて、遠くから何かが崩れるような音が響いた。

 「……聞こえた?」

 モンブランが声をひそめる。

 「聞こえた。だが振り返るな。音に気を取られるな」

 リョウの言葉には焦りも迷いもなかった。

 彼はあえて前方だけを見つめる。振り返れば、逃げの心が生まれる。それを断ち切るための“戦士の習性”だった。


 沈黙の行軍。

 石壁に響くのは、足音と心臓の鼓動だけ。

 時間の感覚が曖昧になっていく。通路は曲がり、分岐を経て、また狭まり、延々と続く迷路のようだ。

 その中で、リョウは過去の光景を一瞬だけ思い出していた。

 ――初めてこの遺跡に入ったとき、胸が躍っていた。

 ――未知を求める冒険の興奮。

 だが今は違う。仲間を生かすために、冷静な撤退を選ぶ。

 そして今までの経験が、彼にとっての一番大切な「仲間を守る」ことにつながっている事実に今までとは違う感情を抱いていた。


 やがて、通路がわずかに開ける。

 リョウは片手を上げ、停止の合図を送る。

 「……見えてきた。あの広間だ」

 モンブランとエルネアが顔を上げ、クラウスが背後から前に出る。

 目の前に広がるのは、かつてクラウスと合流したあの場所――円形の石柱が並ぶ小さな広間。天井の亀裂から落ちる地下水が、ぽたりぽたりと反響している。


 リョウは全員を手招きしながら、慎重に周囲を確認した。

 「敵影なし。ここまでは追ってきていないようだ」

 そう言いながらも、彼の視線は天井と側道を交互に走る。

 クラウスが低くうなり、「気配は遠い」と答えた。

 リョウは安堵の息を吐き、壁にもたれかかった。

 ――あと少しだ。出口はもうすぐ。


 モンブランはエルネアの肩をさすりながら、「もう少しだけ頑張って」と優しく言った。

 少女は小さくうなずき、震える指先で杖を握り直した。

 その様子を見て、リョウは再び気を引き締める。

 「休むのはもう少し先だ。ここはまだ安全圏じゃない」

 彼の声に、全員が再びうなずいた。


 ――撤退は終わっていない。

 この静寂の裏に、確実に追手が迫っている。


 リョウは背負い袋から地図を取り出し、かすかな灯りにかざした。

 「次は……この分岐を抜ければ、外の風が通る通路に出られる。そこから先は一本道だ」

 そう説明する彼の横で、クラウスの眉がわずかに動く。

 「……あの音、やはり近づいているな」

 広間の奥、暗闇の向こうで何かが石を蹴る音が響いた。


 緊迫した空気が再び全員を包む。

 リョウは剣を抜き、仲間たちをかばうように前に立つ。

 「……行こう。ここで止まる理由はない」

 その声は静かだったが、仲間たちの胸に強く響いた。


 撤退戦はまだ終わらない。

 彼らは再び闇の中へと足を踏み入れた。

 彼らは生きて帰れるのか、あるいはさらなる試練が待ち受けているのか――まだ誰も知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ