王都グランフェリア編 第17章:パート2「血潮の追撃」
地鳴りのような振動とともに、床に広がった血液が再び蠢き始めた。
血吸い魔道具使いが両腕を掲げると、赤黒い液体が噴水のように天井まで吹き上がり、やがて鋭い槍の群れへと変貌する。
「また来るぞ、構えろ!」
リョウの叫びと同時に、空気が裂ける音が広間を満たした。数十本の血槍が自動追尾するように曲線を描き、味方へと殺到する。
アンデッドの兵士たちは盾を構えるが、槍の軌道は読めず、体中を正確に貫いていく。
バラバラと肉片が散り、動きを止めたアンデッドが次々と倒れた。
地面に突き刺さった槍が凝固し、杭のように足元を縫いつけていく。
「くそっ、狙いは足か――!」
生き残ったアンデッドも足を刺され、まるで地面に固定されたかのように動けない。
戦力が崩れ、包囲が狭まっていく。
「エルネア、下がれ!」
リョウが叫び、エルネアとモンブランの前に立つ。
クラウスは反対側に回り込み、血槍を叩き落とすために剣を振るった。
「うおおおおおっ!」
まるで鉄をはじくような音が響き、赤い飛沫が弾ける。だが、次の瞬間にはまた新たな血槍が生成される。
「くそっ、どこまで生成できるんだよアイツ!」
クラウスの頬に傷が走り、血が滴る。皮肉にもその血が床に落ちるたび、敵の魔道具がそれを吸い上げ、新たな武器を生み出していく。
「戦場の血を使って増やしてる……! こちらのお株を奪われたな」
リョウが歯を食いしばりながら呟く。
祭壇では、ヴァルモンドが腕を組み、静かに戦況を見下ろしていた。
「……焦るな。見極めるのだ、彼らの限界を」
冷ややかな声が響く。
彼の視線の先では、部下の魔道具使いが狂気の笑みを浮かべながら、血を自在に操っていた。
床の紋様が赤く光り、まるで墓全体が敵の領域に変わっていくようだった。
エルネアはふらふらと立ち上がり、震える手で再び回復魔法を試みようとする。
しかし、指先から光は出ない。
「……だめ……魔力が、もう……」
彼女の声はかすれ、視界が暗転しかける。
「無理するな!」
リョウが支えようとするが、エルネアは唇を噛み、涙をこぼした。
「……ごめん、もう……みんなを……」
そのまま崩れ落ちるように膝をついた。
モンブランが片腕で彼女を抱きとめ、苦笑を浮かべる。
「エルネアがいなきゃ、私たちはとっくに屍になってたよ。……少し休んでて」
声は優しかったが、その背後では新たな血槍が音を立てて生まれている。
リョウの額を汗が伝う。
(このままじゃ持たない。アンデッドは壊滅、エルネアも限界。モンブランも満身創痍。クラウスも傷だらけ……)
思考の中で答えはひとつしかなかった。
「撤退だ、クラウス!」
「なに……!? この状況で逃げるのか!?」
「逃げるんじゃない、生き延びるんだ!」
リョウの声は怒鳴りにも似ていた。
クラウスは歯を食いしばり、ヴァルモンドを睨みつける。
「……アイツをこのまま生かしておくのか?」
「俺たちは勇者じゃない。戦況を見誤るな!」
モンブランもそれに加わるように叫んだ。
「リョウの言うとおり! ここで全滅したら、あいつの思うツボだ!」
クラウスは拳を握り、唸るように言った。
「仕方ない、わかった……!」
その瞬間、地面がうねった。
血が波のように盛り上がり、赤い海が広間全体を覆っていく。
仮面兵たちが包囲を狭め、魔道具使いが狂笑を上げた。
「血の海に沈め――!」
槍が無数に形成され、空間全体が赤の奔流に飲み込まれる。
壁が崩れ、床が揺れ、もはや立っているのも困難だった。
ヴァルモンドは高台で冷然と笑みを浮かべる。
「終わりだ。……所詮は宝に吸い寄せられたドブネズミ風情だ」
だが、次の瞬間――。
パンッ!と乾いた音が響いた。
広間いっぱいに白煙が爆ぜ、視界が一瞬で奪われる。
「なっ……!?」
血吸い魔道具使いが目を細めるが、煙はさらに濃く、赤の光さえもかき消していった。
煙の中、リョウの声が響く。
「クラウス、モンブラン、今だ!」
クラウスがエルネアを抱え、モンブランがその後を追う。
「リョウ、あんた……!」
「いいから走れ! 盗賊は退き際が命だ!」
彼の声は煙の向こうで鋭く響いた。
煙が蔓延する間、敵は攻撃をためらった。
血槍は自動追尾していたが、煙の中で標的を見失い、床を無意味に突き刺すだけになっている。
「探せ! 奴らを――!」
魔道具使いが怒声を上げるが、煙が晴れたときには、そこには誰の姿もなかった。
血の海だけが残り、足音ひとつしない沈黙が広がる。
ヴァルモンドは顎に手を当て、わずかに笑った。
「逃げたか……。だがいい。逃げたなら追える」
彼の視線の先で、床の血液が静かに流れを変え、リョウたちの逃げた方向へと細い道を描いていた。
まるで、血が彼らの行方を示すかのように――。
一方、遺跡の奥の通路を駆け抜けるリョウたちは、暗闇の中、足を進める。
肩で息をするクラウスがリョウに問いかける。
「……はぁ、はぁ……逃げ切れるのか……?」
「いや、あれはただの時間稼ぎだ、クラウス大事な質問だ、俺たちが遺跡に入ってどのくらい経った・・・・」
「丸1日ってところだ、なんだこんな切羽詰まった状況で!」
リョウは短く答える。
「ひょっとしたら本当に勝てるかもしれない」




