王都グランフェリア編 第16章:パート4「五分」
戦闘はようやく折り返しを迎えていた。
血と魔力の入り混じる空気が、王家の墓の広間を支配している。崩れた石柱、焦げた床、転がる鎧の残骸。あたりには絶え間ない呻きと、剣と刃のぶつかる甲高い音だけが響いていた。
敵の戦力は、初めの半分ほどに減っている。主戦力と思われた二人の魔法使い――土壁の魔法使いと毒蛇を操る魔法使い――を倒したことで、戦況は確かに動いた。
だが、それでもリョウたちの足取りは重い。
数ではまだ不利だ。だが、エルネアが呼び出したアンデッドたちが前衛で敵を押さえ、モンブランの操るモンスターたちが場をかき乱すことで、ようやく五分といったところだった。
無数のアンデッドが敵を噛み砕き、骨を鳴らして立ち上がるたび、墓の空気はさらに濃く淀んでいく。
「……ふう」
エルネアは、杖を支えながら息を整える。顔には疲労の色が濃い。
「もう少し……もう少しだけ持って……」と、唇の端で小さく呟いた。
その声に応えるように、骨兵がガシャリと槍を構え直す。
一方でモンブランは、自らのモンスターたち――牙鼠のゾウと鳥のトビー――の体を撫でていた。彼らの体も傷だらけだ。
「あともう少しだけ……がんばってね」
そう微笑みながら励ます姿は、戦場の中では場違いなほど優しかった。
しかしその優しさが、彼らの足をもう一歩、前へと押し出す力になっていた。
クラウスは血にまみれた剣を地に突き立て、荒い息のまま呟く。
「あと少しだ、リョウ。ヴァルモンドを倒せば、終わる」
その声には疲労と焦燥、そして確かな覚悟が混ざっていた。
リョウは頷き、視線を上げる。
そこに見えるのは、広間の奥――王家の祭壇の前に、静かに佇む黒衣の男。
ダリウス・ヴァルモンド。
彼は、まるでこの混沌を愉しむように微動だにせず、冷たい瞳で戦況を見下ろしていた。
リョウの拳が震える。怒りと恐怖、そしてあの日の記憶。
村を焼かれ、仲間を奪われた光景が脳裏をよぎる。
「……絶対に、ここで終わらせる」
その言葉と同時に、床がひび割れた。
「なにっ――!」クラウスが反射的に身構える。
倒れていたはずの敵――“血吸い魔道具使い”が、ゆらりと立ち上がった。
その手には、破れた布に包まれた魔導具――黒紅の宝珠が握られている。
宝珠が赤く脈動し、倒れた兵士たちの血が吸い上げられていく。
その血はまるで意思を持つ蛇のように彼の体に絡みつき、肌の下を蠢く。
「っ……なに、あれ……!」
モンブランが後退しながら叫ぶ。
血吸い魔道具使いの体は、瞬く間に黒い血管に覆われ、膨張していく。
肉が裂け、骨が軋み、瞳孔が完全に紅く染まった。
それはもはや人の形を保てていなかった。
「……ヴァルモンド様のために……」
彼の口からこぼれたのは、そんな呪詛めいた言葉。
ヴァルモンドがわずかに指を動かす。
それだけで、残りの兵たち、仮面の男たちが一斉に咆哮を上げた。
「全員、かかれ」
低く、凍えるような声が広間に響く。
再び乱戦。
クラウスが剣を振るい、エルネアが防御結界を張り、モンブランの獣が咆哮する。
リョウは混乱の中で前へと進む。彼の視線の先には、ただ一人――ヴァルモンド。
だが、その動きを遮るように、黒い影が横切った。
それは、血を吸い尽くした魔道具使いの変わり果てた姿――。
巨大な腕がリョウに振り下ろされ、空気が悲鳴を上げる。
「リョウ、避けろ!」クラウスが叫ぶ。
刹那、リョウの肩をかすめた爪が石壁をえぐる。
石粉が飛び、視界が白く霞む。
「チッ……! クラウス、こいつは俺が――」
リョウが言いかけた瞬間、背後からモンブランの声が聞こえた。
「ん? 今、背中が……熱い……」
振り向くと、そこには血吸い魔道具使いの“影”が立っていた。
実体は目の前にあるはずなのに、もう一体、影が背後に――。
モンブランの瞳が見開かれ、口が何かを言おうと動いた。
しかしその言葉は、紅い閃光とともに飲み込まれた。
エルネアの悲鳴が響く。
クラウスが振り向く。
そしてリョウは、ただ凍りついた。
――血吸いの魔導具の真の恐ろしさをまだ誰も知らなかったのだ。




