王都グランフェリア編 第16章:パート3「機転」
毒蛇の群れが地を這い、足元を埋め尽くしていた。
黒紫の鱗が光を反射し、空気中には甘ったるい毒の臭いが漂う。
リョウたちは狭まる包囲の中、息を殺していた。
「このままじゃ、足を踏み出すこともできねぇ……」
リョウが短剣を握り直すが、目の前の蛇が牙をむいた。
その瞬間、エルネアが小声でつぶやく。
「……待って。毒は“生きているもの”にしか効かないの」
彼女の言葉に、全員の視線が集まる。
「つまり……」とリョウが続けた。
「アンデッドなら、毒にやられねぇってことか!」
エルネアはうなずき、杖を掲げる。
淡い光が彼女の掌からあふれ、地面に落ちた兵士たちの影を照らした。
死体の口がわずかに開き、骨の軋む音とともに立ち上がる。
次々と起き上がる無言の骸骨たち――かつての敵が、今は盾となって味方を守る。
彼らは一歩ずつ、毒蛇の群れへと踏み込んでいった。
蛇たちはアンデッドに噛みつくが、何の効果もない。
肉の腐った腕に毒が流れ込んでも、反応はなく、逆に蛇が絡みついて動きを封じられていく。
「行け……! お前たちは、私たちの“盾”だ!」
エルネアの声に応じるように、死者たちは前進した。
その隙にリョウが仲間に向き直る。
「今のうちに魔女を止める。クラウス、壁の魔導師を頼む!」
「了解だ。だが、あの蛇どもが残ってる限り近づけん!」
焦る彼らの中で、モンブランがぽんと手を打った。
「待って! 火だよ、火! この子たち、光と音に反応するんだ!」
彼女の手の中には、傷だらけのスライム――ライリィが光っていた。
リョウが眉を上げる。「光と音……?」
「そう! スライムは刺激が好きなの! 昔、花火を見せたら、すっごく喜んで――」
その瞬間、リョウの脳裏にひとつの光景がよぎった。
腰袋に入れっぱなしだったお祭り用花火。
――まさか、ここで使うことになるとは。
「……なるほどな。閃光と爆音で、詠唱を邪魔するってわけか」
モンブランがうなずく。「やってみよう!」
クラウスが半ば呆れながらも笑った。「戦場で花火とはな……だが悪くない!」
リョウは腰の袋から花火を取り出し、火打ち石を構える。
「エルネア、今のうちにアンデッドを前へ! モンブラン、スライムを――」
「任せて!」
アンデッドたちが蛇の群れの中へ突っ込み、毒を浴びながらも進む。
その頭上から、モンブランがスライムを花火に巻き付けて放り投げた。
火がつく。
瞬間、轟音と閃光が広間を飲み込んだ。
耳をつんざく破裂音。
爆ぜる火花が岩壁に反射し、目が焼けるほどの白光を放つ。
蛇たちが狂ったようにのたうち、魔女が悲鳴を上げて後ずさった。
詠唱が途切れ、毒の煙が散っていく。
「今だ――行けぇっ!」
クラウスが吠えた。
リョウが疾風のように駆け、短剣を逆手に構える。
岩の魔導師が防御の詠唱を始めた瞬間、クラウスの剣が斜めに振り下ろされた。
刃が杖を砕き、リョウの短剣が喉元を貫く。
老魔導師は血を吐き、崩れ落ちた。
その光景に動揺した魔女が振り返る。
だが、すでにエルネアの死霊が背後に回っていた。
冷たい腕が魔女の足を掴み、骨の指が肌に食い込む。
モンブランのスライムが跳ね上がり、酸を吐いて彼女の目に叩きつけた。
「きゃあああああっ!」
女魔術師が悲鳴を上げ、光の奔流が弾ける。
そして、静寂。
毒蛇が動きを止め、土壁の魔力が完全に消えた。
瓦礫と煙の中、リョウたちは肩で息をしていた。
クラウスが剣を下ろし、笑みをこぼす。
「……やるじゃないか。即席の作戦にしちゃ、上出来だ」
モンブランが息を切らしながらも、にっこりと笑う。
「スライムたちのおかげだよ……」
その言葉に、エルネアが静かにうなずいた。
リョウは短剣を納め、全員の顔を見渡す。
埃まみれの頬、血の滲む腕、それでも誰もが笑っていた。
「……これで厄介な魔法使いはいなくなったな」
「ここまで来たんだ。最後までやり遂げよう」クラウスの声が低く響く。
広間の奥、祭壇の影で誰かがゆっくりと立ち上がった。
仮面の影から鈍く光る赤い宝石――血を吸う魔道具使いが、無言で杖を掲げた。
リョウたちは同時に構えを取り直す。
勝利の余韻が、次の戦いの予感に飲み込まれていく。




